すぐさま伝令をはしらせ、船に連絡をとり、ワタリに指示をだす。
冷静に物事に対応しながら、竜崎のはらわたは煮えくりかえっていた。これほどのつよい怒りに駆られたのは
生まれてはじめてかもしれない。
矛先は月を浚った男たちと、自分自身へ。あのひとに何かあったらいったい自分はどうするだろう。
どちらにしろ男たちを生かしておく気など微塵もないが、もし。考えたくもないが、まんいち。
月が傷ついてしまったとしたら。
噛んだ指先から血がながれた。いっさい構わなかった。
一刻をあらそう事態に、持ちうる全てのありとあらゆる力を使う。Lを舐めるな。下種どもが。
『竜崎。アイバーが彼らのアジトを突き止めました。今、ウェディと連携して侵入を試みています。
障害物はできるだけ排除しておくとの連絡がはいりました』
「わかった。私もすぐにむかう。ワタリ、死体の処理と役人たちへの対処。それから…医者の手配を…お願いします」
『了解しました』
考えたくはないが、可能性が高いのもまた事実だ。
負傷した月をすぐに手当てできるように。そんな最悪の結果すら想定しなければならないこの現実に、
一度かたく目を閉じて。竜崎は立ち上がった。ガウンを手荒く脱ぎすて用意した馬に跨る。
連絡を受けた場所まで、人ごみにもかまわず通りを一気に駆けぬけた。
くらい闇にとぐろ巻く悪意。幻惑する街あかり。耳をかすめる嘲笑。けがらわしいものたち。呪われてしまえ。滅びて
しまえ。私のたいせつなひとに触れるな。傷つけるな。彼はおまえたちが汚していい人間じゃない。
騎乗の男は黒い死神の影と化す。激情のままに走りつづける。
こころのうちで絶叫しながら。
月を浚った男たちのアジトの出入口で、アイバーとウェディのふたりと合流した。
想像以上に厳重な、見張りの男たちも多い様子にふたりは応援をまったほうが賢明だと助言したが、
竜崎は聞く耳をもたない。
普段であれば感情に流されずにより安全かつ確実な方法を選択するだろう。それがLだ。
しかし今回ばかりは例外中の例外だった。底冷えする沼のような昏い竜崎の双眸に、部下たちはすぐに
説得をあきらめた。命をかけても渦中にいる彼を守りたいとボスが望むのであれば、それを手助けするのが
プロの自分たちの仕事だ。
危険なので下がっていいですと言う竜崎にサポートする旨をつたえて、三人は見張りの男たちを静かに倒しながら
洞窟のようなアジトのなかを進む。
「ウェディ。場所のだいたいの見当はついていますか」
「かなり広いけれど、配電や見張りの位置からしてコッチの方向で間違いないとおもうわ。
もう少し先に倉庫のような空間がある」
「L。声が聞こえるぞ」
「!」
あのだみ声は…聞き覚えがあった。月を浚う際、竜崎と引き離すためにいっせいに襲いかかってくるときに
合図を出した男だ。たぶんこの件におけるリーダー格の人間だろう。
「ビンゴですね」
真っ黒い目を見開いて低くつぶやく。茫洋とした中に込められた、容赦ない、殺気。
部屋のなかの状況がわからない。月がそこにいるかどうかも把握できない。慎重に一歩一歩。足音を忍ばせ近づくに
つれ、すえた酒と煙草の匂い…のなかにこもった、この妙になれた異臭はなんだ…?
ハッとする。突然うす暗い通路に、空気をふるわせ聞こえてきた音ははげしく人が争う気配と、苦鳴。
刃物が肉をたちきるおと。とたんに鮮烈になる血の匂い。
「月くん!」
部屋にかけこんだ。アイバーとウェディもあとに続く。
惨状がひろがっていた。
岩肌のような壁と木の板がうちっぱなしの天井に、吊りさげられたランプがキイキイ揺れながらボンヤリ空間を
照らしだす。
なにも無い部屋のなかにはしかし、男たちが山積みになっていた。ながされた血液はまだ新鮮な赤色もあれば、
どす黒く壁にこびりつき乾きかかっているモノもある。
真新しい死体は竜崎の推理どおり、襲ってきた男たちのなかでも一番いかつい体格をした、刺青の中年だった。
信じられないといわんばかりにカッと目をひらいたまま壁によりかかり、脇から血を流し死んでいた。
そのよこに立っているのはドレスを朱に染めあげた、美しいうつくしい───
「遅いよ。竜崎」
あまりにも凄惨で秀麗で。魂までも奪われる。まさに死神の微笑。
「…月くん…」
おおきく息を吐いて、ガクーッと脱力する。ピュウッとうしろでアイバーが口笛を鳴らす。
「さすが月。やるねえ」
「ちからは強かったけど、馬鹿ばっかりだったよ。売りに出すまえに味見をしたいって所まではお決まりだったけど、
犯しにくいからってわざわざ縛っていた縄を全部ほどいてくれてね。
おかげで服のなかに隠しもっていた短剣もつかえたし、わりと楽だったな」
「…相手が貴方なら、男たちが油断するのも当然でしょうね」
こういうひとだった。竜崎はいまさら、痛感した。
はじめて出会ったときもそうだったのだ。海賊に襲撃された阿鼻叫喚のなかで、月は鮮やかに剣をふるい、
ならず者たちを次々となぎ倒していた。貌には今と全くおなじ微笑をうかべて。
嗚咽をあげ死んでいく悪人たちを慈悲深くみまもる、冷酷な天使のまなざし。
華奢な人形のようでまちがいなく腕はたつ。対戦経験をもつ竜崎はよく知っている。しかも月自身、自分の容姿の
効果のほどを、よく心得ている。
なんだか気がぬけると同時に、始末された男たちが憐れにもなった。たしかに信じられない思いだったろう。混乱
したまま、死んでいったに違いない。
しかし月に殺されたのであれば、それはどこか羨ましい気さえした。
「とにかく無事でよかったです」
「どうだ竜崎。すこしは見直したか?僕だって自分の身くらい、自分で守れるさ」
得意げな子猫のようすに苦笑する。守られてばかりいる存在ではないのだと、そう簡単に頼ってはやらないのだと。
ここ最近過剰になっていた男の独占と庇護に、釘を刺された気がした。
「まったく…貴方にはかないませんよ」
「おい」
腕をひき血まみれの綺麗なひとを抱きすくめた。あわてたみたいにモゴモゴもがいた月は、視線をとばした先、
アイバーとウェディが気をきかせてソッポを向いているのを確認すると、大人しくなった。
そっとふれあわせた舌先からも、どこか甘い血の味がする。それがなんだか自分たちにはひどく相応しい気がして。
ドヤドヤ騒がしく国の役人たちがやってくるまで、ずっと味わっていたかった。