すべては僕の計画どおり。
邪魔者は消え、Lの名を継ぎ、警察の信頼も得てキラは完全復活した。
これからこの世界はうまれかわる。悪人のいないこころの優しい人たちだけが住む理想郷。僕は新世界の神となる。
なのに。あまりにも予定どおりに物事がすすんだせいで、少し慢心したのかもしれなかった。
竜崎がいないとヌルイ、だなんて。
そんなことを考えるのは、慢心じゃなければ何だというんだ。なんで僕はそんな風に思ってしまったんだ。
新世界の神に逆らおうとした罪で竜崎は死んだ。僕がころした。その死を悼むようなことを、ほんの一瞬でも考えたから、
だから僕にも罰が当たったのかもしれないな、と。
天地がひっくりかえった視界。
薄れゆく意識のなかで、僕は猛烈に反省していた。
イヤになるほど見なれた体育座りが、道のすこし先に鎮座している。気づいた時にはウンザリした。
おいおいおい。オマエは僕の行く手をかならず遮る赤信号か。道におちたバナナの皮か。雨に濡れたマンホールの蓋か。
咄嗟に進むのをやめるか、引き返そうかともおもったけれど、どちらも叶わないことだと知っていたので渋々足を進めた。
背をむけ道端にすわる竜崎のまえには、黒いマントに黒いフードをかぶった人物がひとり。顔はみえないがその手には
三日月形の大きなおおきな鎌が握られている。
大変わかりやすいビジュアルだ。
竜崎はその人物と熱心に話しこんでいて、僕の存在には気がついていないようだった。バレないようにそっと忍び足で
そばを通りぬけようとしたら、
グリンッ!と。エクソシストみたいに竜崎の顔がこちらを向いた。ビクッと僕は飛び上がった。
しばし無言で見つめあう。
「───」
「やあ竜崎」
とりあえず片手をあげて笑顔で挨拶。…そんな、死んだ人間に会っちゃったみたいな顔するなよ。ていうか死んでるのは
お前の方だよ。しかしよくわかったな。相変わらずいい勘してるよなあオマエそんなに僕のことが好きか?
「…月くん…何故こんなところにいるのですか…」
「や…ちょっとね…いろいろあって来ちゃった…竜崎は元気そうだね」
「おかげさまで。夜神くんもお変わりなく」
おひさしぶりですと頭を下げあう。
「月くんに殺されて、月くんの腕のなかで息をひきとった以来です」
「ああうん。そうだね。僕は竜崎の葬式には行かなかったし」
「…いまめちゃめちゃナチュラルにキラ肯定しましたよ」
「だってここに来ていまさら嘘ついたって、仕方ないだろ」
ほの暗い闇のなか、振りむけばボンヤリ浮かびあがる一本のみち。僕はそこを今までひとりで歩いてきた。
もうすこし進むと、巨大で荘厳な扉が立ちふさがっている。その手前で、僕たちは立ち話し中。
そばには黒装束の鎌をもった異形が、手持ち無沙汰のようすで傍観している。
そうだ。ここはあの世の一歩手前。こんな所まできてどうしていまさら、キラだとかキラじゃないとか………。
「認めるんですね。ついにキラであることを自白するんですね月くん」
「………なんていうかさ…竜崎のその、現状認識すらカッ飛ばしたキラに対する執念深さというかしつこさというか
ウザったさというか…ある意味、尊敬に値するよね」
「あたりまえじゃないですか。志なかばに殺されて、しかも最期にみたのが月くんのあの極悪笑顔じゃ、
死んでも死にきれません」
「ああごめんごめん。あの時はあんまり嬉しくて爽快だったから、つい地が出ちゃったんだ。
夜中に安眠妨害してた害虫を駆除したときの気分ってカンジ?」
「私は夏場のやぶ蚊ですか」
はははっと笑ったらはははっと声がした。僕とまったく同じ声だった。驚いてふりかえる。
そこには、黒装束のフードを取った異形が立っていた。その顔も声同様、僕とまったく同じだった。
というかあきらかに僕だ。
「さて竜崎。オリジナルがきたことだし、そろそろ満足して逝ってくれないかな。いつまでも駄々をこねてもしょうがないだろ?」
「待ってください死神。まだ願い事を叶えてもらっていませんよ」
「無理に願い事をする必要はないんだよ。
ようは、未練を断ち切ってすみやかにあの世に逝ければ良いだけだから」
「未練だらけです。むしろ本物の月くんを見たら余計にたまりません。ウッカリ死んでる場合じゃないです」
「困ったなあ…本懐遂げたいっていう願いなら、いま、本人がここに居てちょうどいいチャンスだし
僕も手伝って押さえといてあげるから、この場でヤっちゃってもいいんじゃない?」
「こらこらこらまてオマエら。そこの僕、僕と同じ顔をしてなに不穏なこと言ってるんだ。
竜崎、これはいったいどういうことだ?」
僕のセリフに異形の僕はニッコリ笑った。我ながら美人だとはおもうけれど、相当カンジが悪い。
たぶん「別にいいじゃないか減るモンじゃなし」って思ってる…同じ顔をしているから考えていることがわかるんだ…
知らなかった…隠してたつもりだけど僕って結構、性格悪いのが表に出てるタイプだったんだな…。
いやいやいやそうじゃなく。
「月くん、彼は死神です。私を迎えにきたそうですよ」
「その死神がどうして僕と同じ顔をしてるんだよ」
「僕らは死んだ人間が迷うことなくあの世に逝けるよう、案内をするのが仕事なんだ。
その際、その人間のいちばん好きな相手をコピーした死神だったら、案内されるほうも安心して逝きやすいだろ?」
「…ああ、そう」
道の奥にものものしくそびえ立つ、巨大な扉を指さして説明する。あの扉のむこうがあの世ってヤツか。
それからいちばん好きな相手、は軽くスルーして。なんだ。死神にも定職のあるヤツはいるんじゃないかと思った。
リュークのヤツは見た目がああだったし、やっぱりフリーターかなんかだったんだな。
「願い事ってなに?」
「そうソレ。問題はソコ」
死神の僕が腕をくんでえらそうに竜崎をにらむ。にらまれた変な動物は変な仕草で頭をかいている。
「たまにいるんだよね。死んでるクセになかなか納得しないで、あの世に逝きたがらないヤツが。
未練があったり恨みがあったり心配事があったり、どうしても仕様がない場合には一つだけ
僕ら死神がその人間の願いを叶えてあげて、それで満足して逝ってもらうと。そんなシステム」
「なるほど」
たしかに、素直に成仏する人間ばかりじゃないだろうなと、思った。
大往生したならともかく、死者のなかには突然の人生の終わりに納得のいかない人も多いはずだ。
…いまの僕みたいに。
そういえば僕を案内する死神っていないのか。僕、ひとりでここまで来たし一人でさっさと逝くところだったぞ。
そんなサービスがあるならちゃんと提供してくれよ。職務怠慢じゃないか?
「ですから、願いを叶えてくださるというのであれば、生き返らせてください。それが一番です」
「だから何度も当人の黄泉がえりはダメだって言ってるだろう。ホント粘着質だなオマエ。それから他人を殺すのも駄目だ」
「じゃあ生き返らなくてもいいですから戻ります。私にはまだ、この世でやらなければならないことが」
「もう死んでるからやらなくていいんだよ。そんな退職後も会社にしがみつくおじさんみたいに言ってないで、
大人しくあの世に行けよ。どうしてもやりたい事をいっこだけ叶えてやるからさ」
「キラをつかまえたい。月くんをつかまえて、拘束して縛りつけて、無理矢理にでも私のモノにしたい。
夜神くんを私のお嫁さんにして可愛い子供を産んでもらって、一生しあわせに暮らしたいって言ったら
却下されたじゃないですか」
「拘束とか無理矢理とかそんな犯罪に手をかせるかこの変態!後半のソレはどう考えたって無理だし!
つっこみどころ満載すぎてコメントに困る願い事を言うな!」
「おいこら竜崎。オマエそんな妄想を恥ずかし気もなくひとに語るんじゃないよ迷惑だぞ。
てゆうかオマエの最期の願いがソレ?ソレなわけ?」
僕と死神の僕にダブルでつっこまれて、竜崎はたいへんご満悦なようすだ。
これをコイツの死後、えんえん繰り返してきたらしい死神の僕にはこころから同情する。
竜崎はさぞかし楽しかっただろうが。
「だったらかわりにイタズラさせて下さいって死神月くんに頼んでも、断られました」
「当たり前だろう」
「えええ竜崎頼んだの?最期の願いがソレでいいの?人としてソレでいいの?」
「でももういいです。本物の月くんがこちらにいらっしゃったので、生き返る意欲も失せました。
この世に未練もありません。そのかわりにぶっちゃけ夜神くん、いまからヤりませんか」
「いーやーだーよー」
「まあまあいいじゃないか減るモンじゃなし。ちょっと我慢してくれればそれで万事まるく収まるんだよ、僕」
やっぱり考えてやがったなコイツ。
自分は断ったくせに、なんで僕がオマエの仕事のために犠牲にならなきゃいけないんだ。冗談じゃない。
飛びかかってきた竜崎の顔面にグーをお見舞いすると、おなじように腕を組んでにらみつけた。
まるで、鏡みたいな僕らだった。
「それより死神。僕の願いはどうなるんだ。
竜崎の願い事を叶えるなら、僕の願いだってとうぜん叶えてくれるはずだろ?」
「さすがは全国模試トップ。すばやい応用力だなあ。もちろん一つだけなら叶えてやるよ。じゃあ、願い事はなに?」
「………いきなりきかれても…」
ハタと困った。ちょっと、竜崎と顔を見合わせる。
なるほどね。突然ひとつだけ何でも叶うと言われても、すぐに願いを決めるのは難しい。
思いつくままに言ってみる。
「ええと…僕は新世界の神になりたかったんだけど…」
「うわー月くんまんまキラですね」
「また電波な願いだな」
「うるさいよオマエたち。だから、悪の存在しない世の中を実現したかったっていうか」
「抽象的すぎてムリ。もっと具体的な願いを」
「じゃあ、キラに犯罪者裁きを続けさせたい」
「第三者を永続的にあやつるのは不可だよ。あまりにも実現不可能な願い事も却下だ。
あくまで自分が生きていたら叶えられたかもしれない夢、くらいの範囲内じゃないと」
「夢…えっと…警察庁にはいってトップを目指します」
「あなたもう死んでるんですが」
「生き返らせてください」
「いいかげん怒るよ?」
すでに怒ってるよ。同じ顔だからわかるよ。笑ってるけど眉間に青筋たっててバレバレだよ、僕。
途方にくれた。竜崎がバカなことばっかり言っていたのもわかる気がした。
だいたい死んでから叶えたい願い、叶えられる夢なんてたかがしれてるんだ。
生きているっていうことは、死んでからどうこう出来るほど、そんなに軽いことじゃないんだ。
チラ、と竜崎を伺いみた。親指を齧りながらおもしろそうにこちらを観察している。
生前と同じその姿に、僕は苛立つよりも居心地のわるさをかんじる。
色彩のない黒々とした瞳。死んでなお、興味の尽きることがない貪欲な探偵のソレ。
僕が生をうばった男。
逃れるように目をそらす。死神の僕に向きなおると、
「家族のいまの様子が知りたい。それで願い事を決めたい」
提案してみた。実際、父さんや母さんや粧裕、それにあれから事態がどうなったのかも気がかりだった。
「ああ。もっともだね」
うなづくと、死神の僕は手にしていた大きな鎌をふりかぶった。ギョッとする。
次の瞬間、薄暗い空間に燦然と自ら光をはなったそれは、テレビのブラウン管みたいに映像をうつしだした。
どこかの白い部屋のなか。既に懐かしい気がする人たちの姿。泣き濡れた顔。悲痛なさけび。
『月…どうしてこんなことに…』
『ライト!しんじゃいやだよ!ミサをおいていかないでよ!ライト!』
僕がベッドのうえに寝ている。そのまわりを、父さんやミサ、多くの人たちが取り囲んでいる。みんな泣いている。
聞こえる、嗚咽。
自分のことながら、自分のことだけにその光景は見ていてつらいものだった。胸がおもたいもので一杯になる。
苦しい。嫌な気分だ。
『ライト!ライト!ライト!』
壊れたレコードみたいに取りすがって、ミサが僕の名前を呼び続けていた。ミサ。愛していたわけじゃないけれど、
持っている目の価値をふくめて僕の中では切り離せなくなっていた少女。もうすぐ一緒に新しい生活をはじめるはずだった。
「ミサさんが…まるで月くんの恋人みたいですね」
いや恋人設定だからさ。そんな嫉妬まるだしな顔して言うなよ竜崎。怖いから。
『せっかく部屋も借りたのに…おそろいのパジャマも歯ブラシもマグカップも買ったのに…こんなの嫌だよライト!』
「弥はなにを言っているのですか?」
「同棲する予定だったんだ僕たち」
「同棲っ?!月くんっ私というものがありながらちょっと目を離した隙に貴方という人は!」
「あーうるさいな。竜崎には関係ないだろ。大体オマエは僕をおいて死んじゃったじゃないか」
「月くんが殺したんでしょうが!」
膝を抱えながらふたりならんで座って、映像を鑑賞しながらギャーギャー文句を言いあっていると、
テレビ代わりの鎌を支えた死神の僕が、あきれた顔でこちらを見た。
『なんで…なんで階段から落っこちてしんじゃうのライト〜』
あ。ミサの馬鹿。余計なことを。
シン、となった。
「…は?階段から落ちて?」
「うん…そう…だから…
新しいマンションに引っ越すときにね…ボーッとしてたらウッカリ足を踏み外しちゃってさ…」
「…Lを殺したキラが、階段で足を踏み外して死んだのですか…」
「うん…あの………ゴメンナサイ………」
………竜崎の沈黙が耳に痛い。
死神の僕がアメリカンジェスチャーで首をふりながらフーッとため息をついている。同じ顔ながらムカつくなコイツ。
どうでもいいけどそのポーズ、キモいよ。
「どうりで竜崎とちがって素直に死んでるとおもった」だと?
そりゃ自分の不注意で自ら招いたいまの事態だから、素直にならざるを得ないんだよ。納得して死んでる訳じゃないよ。
「いえ。月くんてそういう人ですよね。
綿密に計画を立てるくせにどこか抜けているというか。詰めが甘いというか」
ぜんっぜんフォローになってないぞ竜崎…。
こればっかりは言い訳がきかなくて、僕は八つ当たりもできず不機嫌に映像に集中した。
ましてや、足を踏み外した理由なんて、話せるはずもなかった。
竜崎がいないとヌルイ、だなんて。そんなことをボンヤリ考えていたら、いつの間にかひっくりかえっていた。なんて。
『月…』
父さんが泣いていた。生まれてはじめて父さんの涙をみた。…すこし衝撃だった。その涙は僕が流させているんだ。
憔悴し崩れ落ちそうな母さんと粧裕。松田さんが親切に支えてくれているけれど、その松田さんも酷い顔をしている。
そんなに哀しまないでほしいのに。そんなに辛そうな顔で、泣いて欲しくなんてないのに。
「願い事、決まった?」
死神の僕がうすく微笑みながらきいてくる。
願い事は。そうだな。
みんなに笑っていて欲しいと言ったら、やっぱり抽象的すぎてムリだと断られるんだろうな。
かかえた膝に顔をうずめて、かんがえた。
僕の望みは新世界の神になること。それは悪を排除し、父さんや母さんや粧裕や、僕のたいせつなひとたちの生活を守り
みんながしあわせに暮らしていけるようになること。
僕のほんとうの願いはみんなの笑顔。だから悲しいおもいなんてさせたくない。ましてや僕のせいで、
涙なんか流してほしくなかった。いつも笑っていて欲しい。それはありふれた日常のなかで。
そんなちっぽけな、僕のもとめる理想郷。
「まだ決まらない?じゃあやっぱり竜崎が先だね。
なんならオマエにも観たい映像があればみせてあげるけど?」
尊大に言い放つ死神。竜崎は爪を齧りながらカクンと首をかしげる。
「私はもういいです。心を残す家族もいませんし、月くんと一緒に逝けるのであれば願い事もありません」
「───」
竜崎の言葉にハッとした。顔をあげる。何か胸に引っかかった。
思い出した。
「竜崎…ダメだ。僕はオマエとは一緒に逝けない」
「月くん?」
「僕は………」
───デスノートを、つかっているから。
バサアァァッ…!
突然。強烈な突風とともに、羽音。
煽られておもわず目を閉じる。吹き飛ばされそうになって、僕と竜崎はその場にちぢこまった。
「すみません遅れました」
「遅い!」
聞きなれた声に、死神の僕の声が応じる。すさまじく嫌な予感。
おそるおそる目を開けると、おなじように鎌をもった黒装束の死神がもうひとり。空から舞い降りて黒い羽を
しまっているところだった。
フードを取ったその顔は。
あああ…やっぱりな…実はさいしょに話しをきいた時から、薄々そうじゃないかとは感じていたけどね…
最悪だな、僕。
「ラ…ライトくん…?!」
かたわらで竜崎が出っぱり気味の目をさらに剥きだしている。どうだ驚いたか竜崎。僕も自分で驚いたよははは。
「遅くなって申し訳ありませんでした。私が貴方を迎えにきた死神です」
「…いっそ来なくて良かったのに…」
死神は竜崎の顔をしていた。
ええとなんだっけ?いちばん好きな相手が迎えにくるんだっけ?へえそうかそうかじゃあやっぱり僕の好きな相手って
竜崎だったんだ。まあ今になってわかってもどうしようもないしね。いまさらバレたところで痛くも痒くもないよははは!
ジーッと凝視してくるオリジナルの視線は全力でシカトした。が、あまりにもガン見されて顔に穴があきそうだ…。
「なんでこんなに遅れたんだよ竜崎。おかげで僕が二人分、相手しなくちゃならなくて大変だったんだぞ。
ちゃんと謝れ」
「すみません月くん。実は彼はイレギュラーケースで、その確認に手間どっていたんです。
そんな可愛い顔をして怒らないで。許してください」
なんだなんだ何で死神の名前までおなじなんだよ。ていうかなにその微妙にイチャイチャした雰囲気!
おいオリジナル竜崎、そんな羨ましそうに指をくわえて見とれてるんじゃない!
死神竜崎がこちらを見た。本物と寸分たがわぬ目の下の隈だった。
「貴方は通常のあの世には行かれません。別の場所にご案内します」
「知ってるよ」
「───どういうことですか?!」
竜崎が慌てている。僕は言った。
「デスノートのルールなんだ。ノートを使った人間は天国にも地獄にも行けない。あの世にも行けない。
だから僕は竜崎と一緒には逝かれない」
「そんな」
唖然としていた。デスノートの細かいルールを、竜崎は知る由もなかったのだから当たり前だが。
「さよならだ竜崎」
ここで本当にお別れ。もう未来永劫、会うこともないだろう。
僕と竜崎の様子をみて、死神竜崎が無表情にうなづいた。
「もう話はついているみたいですね。それでは早速、気が変わらないうちにご案内しましょうか」
「ん」
たしかに。好きな相手が迎えにくるというのは、いいシステムかもしれないな。
最後の最期までその顔に見送られて、悔しいけれど安心できるし、悪くない。
「あ。ちょっと待って」
死神の僕が鎌ごと手をあげた。ふりかえる。
「願い事は?叶えなくていいのか?」
パチリパチリとまばたきした。
それから僕は、すこし笑った。
「いいよもう。いまさら僕にできることは何もないから」
きっと。本当は僕がなにもしなくたって、皆ちゃんとしあわせになれるんだ。
父さんも母さんも粧裕も、いずれ哀しみは癒えるだろうし、ミサだって大丈夫だ。ああ見えて彼女は強い。
泣くだけ泣いたら、また新しい恋に生きるだろう。でもその時には願わくば、ノートの所有権は破棄していますように。
映しだされた映像の中の、僕のたいせつな人たち。どうぞしあわせに。
未練や恨みや心配事がないわけじゃないけれど。死んでから叶えられることなんて何もないんだ。生きるということは
そんなお手軽なことじゃなくて。嘆いても後悔しても、断ち切られた生はそこでおしまい。
それは僕も、僕が今までデスノートで裁いてきた犯罪者も、おなじこと。
そばに立つ竜崎を見た。竜崎も僕をみていた。
簡単に殺してしまったいのち。
だけど僕は後悔しない。
じゃあな竜崎。オマエに会えて、良かった。
「いきましょうか」
うながされて背をむける。そのとき。
「待って下さい。まだ私の願い事があります」
「私の願いは、月くんが生きることです」
その場の全員が、かたまった。
はあ?なにを言ってるんだコイツ。
せっかくひとがしんみりお別れムードに浸っているときに、相変わらず場の雰囲気がよめないヤツだな。
「本人の黄泉がえりはダメでも、まだあの世に逝っていない他人なら良いのではないですか?
私は月くんが生き返ることを願います。それが私の叶えてほしい願い事です。どうですか死神?」
「…まあ…それならできないことはないけど」
「ちょっ…ちょっと待って!」
ビックリした。竜崎は本気だ。死神の僕も複雑そうな顔をしながら、この成り行きを伺っている。
できないことはない、ということは、僕は生き返れるのだろうか。そういえば肉体はまだ焼かれていない。
今なら間に合うのかもしれない。でもそんなことをしたら。
「なに…考えてるんだ竜崎…僕はキラだって言ったろ?生き返ったらまた裁きをはじめるよ?」
「キラであってもキラでなくても。
私は夜神くんに生きていて欲しいと思います。これは貴方をキラとして捕らえようとした気持ちとは、別次元の想いです」
「僕は…オマエに生き返って欲しいとはおもわない…」
「わかってますよ。月くんはなにも望まない。それでいいです」
竜崎はペタペタ歩いてきて僕のまえに立った。それからそっと、肩を抱かれた。
「でも貴方に好きになって貰えたことは、とても嬉しかったです」
掠めるようなくちづけ。
「………」
僕はなにもいえない。
竜崎の顔をした死神が、僕の顔をした死神とよりそってこちらを静かにみつめている。
不意に泣きたくなった。
いまさら遅いんだよ。どうして何もかもが、いまさら。
竜崎のからだが僕から離れた。掴まれた肩から温もりがきえた。おもむろに死神の僕が鎌を構え、厳かに口をひらいた。
「じゃあ。竜崎の願い事は夜神 月の復活。生き返る夜神 月の願い事はなしということで。それでいいね?」
「はい。お願いします」
「待てよ!まだ…───っ!」
声が響いて、消える。
一瞬。
グルリと視界がまわる。階段から落ちた時のようにグニャリと頭のどこかが潰される気がして、平衡感覚がいっきに崩れる。
世界が砕けた。
轟々とまき起こった竜巻に、聳えていたあの世への扉も。一本道も。ほの暗い空間も。消えていく。竜崎も竜崎のすがたも。
待て。まて。まって。
必死に目をこらしても何も見えない。僕はおちる。この世へとふたたび落とされる。死神には叶えられない願いを
自らの手で叶えるために。僕のたいせつなひとたちをこの手でしあわせにするために。
だけど。だけど。
だけど!
───………
なにかをおもった。ねがった。せつじつに。いのるように。こころのそこから。
なにもわからなくなった。
まっしろにそまる。
───まあ、まだふたりとも死なない事はわかっていたけどね。
───懐かしいですね。これからが私たちの本当の戦いですよ。
そこで意識はとぎれ。
つぎに目覚めたとき。僕は無事、病院のベッドで奇跡の生還を果たしていたのだった───。
ミサが持ってきてくれた花が、可憐に病室を彩っている。
意識がもどってからニ週間が過ぎていた。
検査やら治療やらでずっと入院生活を余儀なくされていたけれど、もうじき退院できる予定だ。素直に喜ばしい。
後遺症等も残らないだろうと医者に太鼓判も押されている。万々歳だ。
いったんは死亡が確認された僕が生き返った時には、それこそ大騒動になったそうで。目を開けたときには
父さんも母さんも粧裕もミサもついでに松田さんも号泣していて、せっかく僕が生き返ったのに、みんな、
何を泣いているんだとヘンに不機嫌になったのを覚えている。
記憶はなんとなくだけど、残っていた。
竜崎のおかげで僕はふたたびこの世に戻ってきた。だから、僕はこの生をけっして無駄にはしない。
もういちどキラとして新世界の創世に励み、きっとかならず神になってみせる。
僕はわりと懲りないほうだ。自分でいうのもなんだけど。
しかし気がかりな点がひとつ。まさか、そんなことは無いと思いたいが、もしかしたら。
…記憶を遡っていくうちに僕は青くなっていた。
この世にもどされる直前。もしかしてやっちゃったかもしれない。死神に願っちゃったかも知れない。
───竜崎が、生き返ることを………。
自覚した恋心とはおそろしい。とにかく慌てて、確認を取ってみる。
ねえ父さん。父さんは竜崎の密葬に立ちあった筈だけど、竜崎の遺体は確実に燃やされていたよね?
灰になっていたよね?骨とかも拾ったんだよね?
唐突な僕の質問に父さんはすこし怪訝な顔をして、それから若干言いにくそうに話してくれた。
じつは…。やっぱり…。
密葬といっても竜崎の遺体は埋葬されることなく、やってきたLの関係者とおぼしき人物たちの手によって
運び去られたという。
それを聞いて僕の気が遠くなったことは言うまでもない。
もどる身体さえ確保されているのであれば、十中八九、ヤツは生き返っている。ちくしょう。おかしいと思ったんだ。
竜崎があんな簡単にレムに殺されてくれるなんて、なんてラッキーだと浮かれた僕が甘かった。
アイツは殺しても殺してもわいて出てくるゴキブリ並みの生命力。夏場のやぶ蚊どころの騒ぎじゃないって。
同じく生き返った僕が言うセリフでもないけれど。
今度こそが真剣勝負だ。竜崎は僕がキラであることを完璧に知っている。
次に竜崎が僕の前に現れたとき、その時こそが僕かアイツの命日に。
でも僕は簡単に負けやしないよ?これからが僕たちの本当の戦いだから。
もういちどオマエに会えた日には、僕からキスをしてやるさ。
それからそれ以上なにかされる前に。確実に息の根を止めてやる。
気になる点がもうひとつあった。
僕の顔をした死神と。竜崎の顔をした死神と。
朧に記憶にのこっている、彼らのさいごのセリフと。
まさかアレが。好きな相手をコピーした死神じゃなくて。デスノートを使った結果のほんとうの僕らだったら。どうしようなんて。
想像するだけでおそろしい。
僕らの未来はまだまだ永い。