うつくしく散る花の下には死体が埋まっているのです。


薄ぼんやりと光を孕んだ暗闇にひとり。いつの間にか僕は立っていた。
足許がおぼつかない浮遊感。あたりを見まわし此処はいったい何処だろうか、茫とおもう。
あまい香りが鼻腔を擽る。ヒンラリヒラリヒラヒ。頬を掠め流れていく紅色。鮮やかな花吹雪。
桜。ああ桜だ。これは散る花びらの群。死骸。潔いまでに壮絶に、儚く命を散らすそのさまは、
なんて綺麗。
僕は目を細めた。視線を奪われた。目の前には節くれだった巨木がいっぽん、厳かに宙にむけそびえたっていた。
これは僕の夢だ。
これは僕の記憶だ。
いつかみた景色、いつか嗅いだ芳しき匂い、あれは何時の思い出だったろう。幼いころ家族で出かけた吉野の山野か、
母親に手をひかれ校門をくぐった小学校の入学式か。

あるいは春爛漫のあかるいキャンパス。華やぐ新入生。
そのとき僕のとなりにいたのは。

「花の下には死体が埋まっているのだそうですね」
「正確には『桜の樹の下には屍体が』だね。梶井基次郎だ」
そんな会話を流河とかわした春のある日。
青空の下、満開の大学キャンパス内をのんびり歩きながら内なる熾烈な争いをひた隠し、
僕らはとりとめないやりとりを繰り返す。

「それにしても見事ですね。日本の桜は、妖しいまでに美しいです」
「僕は日本の桜しか知らないな。外国のCherry blossomsはあまり綺麗じゃないのか」
「桜自体の種類もちがいますが、なんというか文化が違います。
おなじ花なのに眺める場所が変われば美しさも変わる。不思議ですね」

世界をとびまわっている探偵Lらしいセリフだ。僕はひそやかに苦笑した。
「この花をみて木の根元に死体が埋まっていると考える、日本人独特の感性もすばらしいと思います」
「日本人じゃないのがバレるよ、流河」
「どうせ死んで冷たい土の中に埋められるなら、たしかに綺麗な花の下がいい…
肉体は滅んでも魂は生まれかわり、また精一杯生きることができますからね」

僕のからかう発言は軽くいなし、呟かれた流河の妙にロマンチックなセリフに肩をすくめた。
ぜんぜん似合わないな。

それから生きている今でも十分に血色の悪い流河が、土気色になり、ところどころ腐った身体中にみっちり木の根を
まきつけ。その剥きだした白目や、垂れた舌や、崩れおちた肉片の匂いまでもをホラー映画さながらリアルに妄想して
しまい、グッと吐き気がした。

僕はキラだけれど。出会ってまだ数日のこの流河という男を殺したくてたまらないけれど、
生々しい死のビジュアルには当然、抵抗がある。

埋められた遺体から養分を吸いあげ、血を吸いあげ、花弁は鮮やかな朱に染まり、逝きいそぐ様に狂い咲く妖木の花。
土の下には腐乱死体。土の上には紅雲海。
みにくさとうつくしさは紙一重。
「死んだら土に還り、花に還り。そうしたら毎年おなじ季節には亡き人と再会できますね」
おもわせぶりな視線と口調が嫌だった。
故人を偲ぶその考え方自体に異存はない。けれど、もしキラがLに勝利して流河のすがたが僕のまえから永遠に
消えたとしても、
これから桜をみるたびに今日の会話だけは思い出しそうで。

ウンザリ眉を顰めたら、流河はニタリと、歪んだ犬歯をみせた。

あの日は眩しい光のなかだった。いまはトロリと蕩け纏わりつく暗闇のなかに、僕と、桜が。
目前に迫った樹の根元に自然、眼がすいよせられる。空間に浮いていたはずの僕の両脚は大地を踏みしめていて、
桜の樹の下には───

ボコ。
根元の土が密かにうごいた。
ボコ。ボコ。ボコボコボコ。
盛りあがり、生えてきた、しろい、モノ。
何本かのそれは暫くジッと様子を覗うみたいに、それからユラユラ揺れだした。

ユラユラ揺れるそれを僕はヒタとみつめる。誘っている。ユラユラ、ユラユラユラユラ。こちらにおいでと誘っている。
月くん。
僕を誘っている。
月くん。
いつかの、甘く、低く、囁く、声が。耳朶を擽る。

月くん。
フラリと一歩ふみだした。
瞬間。
ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ!
ニュルリと真っ白な、巨大ミミズみたいな長細いモノが大量に土中から飛びだし、
いっせいに僕めがけて襲いかかってきた。
咽喉から悲鳴がこぼれる暇もなかった。
全身を巻きとられる。捕らえ身動きできないよう締めあげておいて、サワサワと僕の身体中を弄りだす。悪寒に身を
捩ったがビクともしなかった。
なにかを暴くみたいに繊細に丁寧に執拗に、素肌に触れたそれは何処か懐かしくて、酷く冷たくて。

あっ…くっ…
声はでない。おもわずひらいた唇を割って、口腔内にも侵入してくる。
巧みに舌に絡みつき、下顎をなぞり、上顎を擦りあげる。

蠢くそれは首筋にも、背筋にも、腹にも、足指のあいだにまで幾筋も絡んで顫動する。ビクビクと頭のてっぺんまで
痙攣がはしった。すべての性感帯にいっぺんに愛撫を受けているような耐えがたい悦楽。

いっあっ…あっああっ
胸の突起を同時に摘まれヤワヤワと苛まれ反りかえる。突き出すようになった半勃ちの自身が、
ニュルリと包み込まれたのをかんじてヒュッと息をのんだ。

とぐろを巻いたそれに先端から根元まで扱かれ、袋の部分まで揉みしだかれ何度もなんども腰が跳ねた。
先走りが無音の世界に湿った水音をたてるなか、グチュッ…とひときわ濡れた響きとともに電流が。

や…だっ…やっやっやっ
グリグリグリッと亀頭に捻じこむ動きに、声にならない悲鳴。脳裏には火花が散り。目の前がまっしろになる。
なにも考えられない。

たったひとつの事だけ。
いっ…いく…いくいくいく…っ!
波うつように撓った。
硬直して、ガクリと弛緩した。
崩れおちた僕を、全身を巻きあげたそれが支えた。両足に絡みつき腰を高く持ちあげられて間接の限界まで
割りひらかれる。
朦朧と、すでに自分がどんな体勢をとっているのかすら分からなかった。

どうしようもないまま何本ものそれが後口をさぐり、侵入しようとするのを感じた。嫌だ。やめろ。
拒絶したくても力がまったく入らない。指いっぽん動かせない。

冷たくて弾力をもった怖気立つそれは、暫くの間、優しいともいえる仕草で表面をほぐしたあと、
後口が解けてきたのを見計らって。 
あ───あ、あ、あ!
ズルズルと内壁いっぱい、みっちりと潜りこんできた。
あ、あっあっ…あああ! 
白濁した意識に閃光。
思い出した。おもいだした。
懐かしい。指だ。これは竜崎の指だ。
ほそながく昆虫の足みたいな、触手みたいだった竜崎の指。奇妙な手癖のくせに妙に器用で、
その繊細で丁寧で執拗な愛撫で、いくども僕を啼かせた竜崎の指。
キラに殺され、いまは冷たい土の下に埋まっているはずの竜崎の指。

違うのは温もり。肌をなぞる竜崎の指は、いつだってあたたかかった。
つめたい死者の指。
はいってくる。這入ってくる。どれだけ僕が嫌がっても拒んでも、受けいれるように僕の肉体は竜崎に躾けられた。
何度もなんどもなんども。捜査本部ホテルのソファで、監禁された牢獄で、手錠で繋がれたベッドのうえで。

わたしの指、きもちいいですか月くん。
あ。ああ。あああ。りゅうざき。
気持ち良い。きもちいいよ。
グネグネと蠢くそれに襞という襞、内部の隅々まで犯され穿たれ最奥を貫かれ、神経がブチブチと焼き切れていった。
いい。いい。いい。
善すぎて死ぬ。死んでしまう。
いいや夢のなかでは死ねない。
どんなに望んでも。それが心底からの、僕の真の望みだったとしても。

嗚呼まただ。そうおもった。また僕はずっとこの夢をみつづけるんだ。自分の深層心理の愚かしい、哀しい願望を。
これは僕の夢のなか。記憶のなかの桜の樹の下に埋められたのは、死んだ竜崎の遺体と、竜崎の想いと、
いっしょに死んだ僕の想い。

巡りめぐる季節。花。僕は此処にきてオマエに抱かれオマエに犯されオマエに囚われオマエに還るんだ、竜崎。
死んだら土に還り、花に還り。そうしたら毎年おなじ季節には亡き人と再会できますね。
愛してます月くん。
やめろ竜崎。
赦してくれ竜崎。
かえりたい竜崎。
もういちどオマエのもとへ。
死んで尚その身は花となり、死して尚のこる想いは枷となり、囚われた僕はオマエと共に永遠に。
僕も愛してる竜崎。
下から侵入してきた冷たい竜崎の指は、灼熱の快感を伴いながら内壁を喰い破り、胃を通りぬけ、心臓を突き刺し、
咽喉を引き裂き、

口腔から。鼻腔から。眼窩から。爪先から。
愛撫するように僕の遺体を侵略し育った桜の樹の枝は、みるみるうちに深紅の花を満開に咲かせた。

───巨木の根と結びついた一本の細木は、まるで愛しく寄り添うが如く、暗闇にヒソリ花びらを散らす。