「しっぽ」
しつこいようだが、仔ネズミ月はそれはそれはもう大層可愛らしい仔ネズミである。
クルミ形のつぶらな瞳は、透明な光を弾きながらキラキラと感情豊かによく動き。
ときおり無邪気にパチリパチリと瞬きしては、ちいさな小鼻をほそい髭ごとピクピクさせて。
とたん。
トテテテテテッ…いきなりダッシュで駆けていく先は大概、コンソメチーズのワタリさんのもとである。
大好きなコンソメチーズを貰えるとなると、月のこれまた小さな両耳はピョコンと嬉しそうに立ち上がり、
ついでに月本人(鼠)も、後足二本で立ち上がり、上空から下りてくるチーズ皿を待ちきれずに
クルクルクルクル。クルクルクルクルクルクル。
その場で二足回転をしはじめる。
その姿があまりにもキュートに可愛くてかわいくて、ワザとゆっくり焦らすみたいにチーズ皿を下ろしてみたりすると、
やがて疲れてくるのかそれとも目が回るのか仔ネズミはヘタッとその場に座りこみ
………コンソメチーズ…くれないの…?
ちょっと哀しそうに小首を傾げ、ヘニョン…と両耳を垂らしたりするので、
くうう…!かわゆい…!
とか思いつつ申し訳ありませんでした月さま。すぐに差し上げますよ。
何喰わぬ顔をして皿を差し出すワタリの、そのちょっとしたイジワルは最近もっぱらのお気に入り。その事実をコンソメチーズに
夢中の月自身は、まったく気づいていない。
遠くから様子を眺めてはワタリと同じく、くううう…!かわゆい…!とか思って身悶えている竜崎はモチロン気づいている。
そんで内心、ワタリグッジョブ…!とかも思っている。
薄茶色の滑らかで綺麗な毛並みは、仔ネズミ特有の柔らかさも兼ね備えていて、
ワタリがそっと指先で撫でてみると小動物特有のあたたかな温もりを伴い、とても心地よい。
竜崎がその毛並みをぺロリ舐めると甘い味がするのは、たんに黒猫が味覚障害なだけである。
チヨチヨ。チヨチヨチヨチヨ。
月はけしてスタイルも悪い方ではなかったのだが、基本的には鼠なので、みじかい手足を一所懸命につかい広い床のうえを
健気に移動する。
そのフォルムは、
…つぶれかけた大福のようだ…
ジ───ッと凝視する黒猫竜崎の、涎を垂らさんばかりの気配。
を、鋭く察知するパーフェクトダンディワタリは最近、竜崎専用のケージ購入を真剣に検討中である。
月の細くながい優美な尻尾はいつでもフリフリ元気に揺れていて、
普段は上品なおちょぼ口から、怒らせたり噛みつく時になるといきなり「キュー!」と牙が剥き出しにされる様すら愛らしい。
なにもかもが愛くるしい。存在自体がこの世の奇跡。マイスイートエンジェル。それが仔ネズミ月。
僕はこう見えてもモテるんだよリュークン!
なんて黒文鳥のリュークンに嘯いてみたときも、リュークンはただ「ウホッ」と鳴くだけだったが、
でも実際、夜神さんちでも月は誰よりもなによりも可愛がられていたのだし。
月の優しく綺麗な飼主は、月の欲しいものはなんでも与えてくれたし、安全な住まいも、美味しいごはんも、家族の愛情も。
月はとても恵まれた裕福なこどもだったのだ。
大好きなコンソメチーズとミルクでおなか一杯になった後は、清潔に用意された新聞紙や綿を敷きつめた特製の寝床のなかで、
ぬくぬく温まって眠る幸福な仔ネズミだったのだ。
そのしあわせな世界から月は自ら、飛び出してしまったのだけれど。
けれど。しかし。
いま現在も月はけっこう、恵まれた毎日を過ごしている。
「ライト───!」
ニャアアアーン!
甲高い鳴声とともに勢いよく走ってきたのは、ミサである。
相変わらず猫らしからぬゴシカルな装いの雌猫は、咥えてきたアルミパック袋をポイッと月の前に落とすと
「ホラ!前にライト、地域限定発売の梅カルビポテチが食べてみたいなーって言ってたじゃない?
昨日さあ、レムが偶然コンビニで見つけて、買ってきてくれたんだよねー」
レムとは言わずもがな、ミサの飼主の名前である。
「だからライトの為に持ってきちゃったの!ねえねえ嬉しい?ミサはまたライトの役に立ったよね?」
「………」
「ア…アレ…ライト…なんか顔色が…怒ってる…?」
「馬鹿ですね弥さん。夜神くんはコンソメポテチしか食べませんのよ。梅カルビポテチなんて邪道なモノを
喜ぶはずがないじゃありませんか」
ミサの次にかならず音もなく登場するのは、ツンデレ清美である。
この雌猫二匹、月を巡って恋のライバルでなければ、もしかして意外と気が合うのかもしれない。
「なによー清美!コレはライトが食べてみたいって言ったから…」
「はい夜神くん。期間限定発売のタン塩ポテチです」
「アンタねえええ!邪道だっつったのはどの口だあああ!」
「これは夜神くんが食べてみたいと言ったんです」
「まったく同じだろうがあああああ!」
「………」
「や、夜神…くん?」
「やっぱりライト…機嫌悪いよねえ…?」
ちんまり座りこんだまま無言の仔ネズミを前に、なんとなく雌猫二匹、肩寄せあってビビッていたら
今度はそこに、
「おーい!ライト!」
やってきたのは金髪猫のメロと白銀猫のニアである。
「ホラ!地域期間限定発売の和牛ヒレポテチ、持ってきてやったぜ。まったく探すの苦労したんだからなーありがたく喰えよー」
………ライト…皆に同じこと言ってんだね…でもミサはそんなライトが好きだよ…
………夜神くん…いえちがう私は夜神くんに選ばれて…弥さんたちとは違うのよ…
いろいろ心中複雑に呟きつつ雌猫たちが微妙にヒいている間に、メロはヒョイッと月の顔を覗きこむと、
「んー?喰わねーの?ライト欲しいって言ってたじゃん」
「ライトさん。コレを手に入れるのに、メロはとても苦労したんです。ちゃんと御礼を言って下さい」
ところが。
ニアの冷静なセリフに仔ネズミは余計機嫌を悪くしたのか、プイッとソッポを向いてしまう。
「ライト?」
「ライトさん。御礼を」
「………」
「………」
パコン!
ギョッ!とニア以外のその場にいる全員(猫)が竦みあがった。
賢い頭脳が詰まっているはずの大切なたいせつな小さい頭を、猫パンチで叩かれた仔ネズミ月は。
最初、訳もわからずキョトンと瞬きを繰りかえしていたが、
やがてジワワワ…とそのつぶらな瞳に大粒の涙がせりあがってくるのを見て、辺りは大パニックに陥った。
「ニニ二ニア───!オマエなんて事してんだ───!!」
「私は自分が正しいと思う事を信じ正義とします」
「なに意味のわかんない屁理屈いって誤魔化してんのよー!ライト苛めないでよこの変態サド野郎ー!!」
「謝ってください!自分が間違っていたと、夜神くんに謝罪して下さい!」
「ここに居る私と貴方以外のものがどう考えなにを正しい正義と考えるか」
「バッカ!仔ネズミ相手にそんなむつかしいこと言ったって理解できるワケねーだろーが!
あああ泣くなライト!ニア!いいから謝れ!なんでもいいからゴメンナサイって言っとけ───!!」
ポロン。
濁りない滴がおおきな瞳から一粒こぼれおち、ふえ…と月の顔が歪むのをみた瞬間、
「ゴメンナサイ」
ニアが思わず謝るのと、黒い疾風が飛びこんでくるのが、同時。
「神───!!」
あ。来た。変態。
誰しもが思った。
「神!どうされました我が神!なにか辛い事がありましたか哀しい事がありましたか!
魅上が参りました!ここに魅上がおります!もう何も怖れる事はありません我が神よー!!」
「ふえええ」
「泣かないで下さい神!魅上がついております!私が神をお守りします!もう大丈夫です!!」
「ふえええええええ」
「なぜ泣くのです神───!!」
オマエが怖いからだろう。
と、誰か親切につっこんでやればいいものを、怖いのは皆いっしょなので誰もなにも言えないでいたら、
「神…これを」
モスグリーンの瞳をもつ美黒猫がおもむろに厳かに取りだしたのは、見慣れたアルミパックの袋。
「神のお望みどおり、特注で作らせました。
非売品の松坂牛サーロインポテチ、どうぞお受け取りくださいませ」
───この変態にもおねだりしてたのかあああああああ───!!
…仔ネズミ月…おそろしいこ………全員(猫)が戦々恐々と見守るなか、
けれど月は貢物のどれひとつにも視線すらやらず、エグエグと泣き続けるばかりである。
「ラ…ライト…?」
「どーしたんだライト…いったいなにが不満なんだ…」
「私、ちゃんと謝りましたよ?」
「夜神くん。何か不満があるのですか?何か不足しているのですか?」
「貴方の望みは何なのです!神よ!」
りゅ
「りゅうざき〜!」
ピキイ!!
全員(猫)が凍りついた。
「りゅうざき〜りゅうざき〜りゅうざきいいい〜〜〜!!」
「ハイ私はここです月くん。出かけていてすみませんでした」
飄々と、どこからともなく真打ち黒猫が登場した。
汚ったねえええ…!というメロの呟きは、全員(猫)のこころの呟きでもあったろう。
「どうしました月くん。ご機嫌ナナメですね。私が居なくて寂しかったですか?」
「りゅうざき〜」
半分癇癪をおこしてヤケクソ気味に泣いていた仔ネズミは、猫背でボサボサ毛の名探偵猫をみた途端
フニュ…とその両耳が垂れた。
へタン…とその尻尾が力を失った。
「…りゅうざき………ねむい………」
「「「「「はあああああ?!」」」」」
そう。
仔ネズミ月は只今現在、眠くてねむくて、不機嫌絶好調中。
こどもというものは大概、眠くなったらグズるか癇癪を起こすものと相場が決まっているのである。
「ねむい…りゅうざき…しっぽ…」
「ああそういう事でしたか。お待たせしました」
「しっぽ〜………」
ノッソリ月に近づいた黒猫は、自前のボサボサ箒尻尾でクルンと月を包みこむと、
「おやすみなさい月くん」
言い終えるまえに、すでに月は夢のなか。
クウクウ寝息をたてて丸まっている小さなちいさな愛しい毛玉を、落っことさないよう慎重に頭のうえに乗せてから
「ご苦労様でした。土産のポテチを置いたら皆さん、お帰りいただいて結構ですよ」
シレッとのたまった黒猫に、
全員(猫)が「勝てない…!」と悔しいけれど尻尾をまいた。
皆に愛され、恵まれた仔ネズミ月のいま、いちばん欲しいもの。
かつての清潔に用意された特製の寝床よりも居心地いい、
あったかくてボサボサしてて、こころから安心できる、月を丸ごとくるみこんでくれる、竜崎のしっぽ。
next coming
soon…