「大きいの小さいの」

竜崎は猫である。成猫である。
月は鼠である。仔ネズミである。
とうぜん二人(匹)のサイズにはかなりの違いがある。
たとえば、いつも一緒のふたりは移動時にはじめ、大変な苦労を強いられた。
竜崎が出来るだけユックリ、歩幅をあわせて歩いているつもりでも、月は横でつねに全速力疾走なのだ。
トテテテテテッ…トテテテテテテテテテッ…と短い手足をフル回転させて跳ねるように必死についてくる。
あまりにも見かねた竜崎が立ち止まると、ゼー…ゼー…と肩で息を切らしているが、
「大丈夫ですか?」
と訊ねれば
「ははは…だ、大丈夫僕なら出来る!やってやるよL!」
(Lって誰ですか…)
ちいさいクセに負けず嫌いというかプライドが高いというか。
おかげで竜崎もしばらくの間、なかなか言い出せなかった。
しかしついに、月が走っているうちに短い足が縺れてスッ転んで、
可愛いかわいいその顔の鼻先を擦りむいてしまったのを機に、竜崎はおごそかに提案した。
「月くん。私に乗っかってください」
「ん?」
ぺロリンッと赤く剥けた傷口ごと顔を舐められながら、月は小首を傾げる。
月L?
「月くんはちいさいですから、この広い館内を駆けまわるのもひと苦労でしょう。これからは私に乗って移動すると良いですよ」
「ふざけるな。そんなマネ」
楽 し い じ ゃ な い か 。
竜崎は言ってみれば月専用のタクシー、ハイヤー、いやリムジンになる訳だ。いつでもどこでも送り迎えつき。
この館の新ペットたる僕に相応しい待遇!ははは!
というわけで双方合意に基づき月は竜崎に乗っかる事になったのであるが、これでまたひと悶着あった。
月が背中に乗ろうとすると、猫だけれど極端に猫背の竜崎の背中はあまりにも湾曲し過ぎていて、
すこし揺れただけでコロコロコロリンと仔ネズミは転がり落ちてくるのである。
コロロ…と床に丸くころがって、ンセンセ…と起き上がるとヨイショヨイショと背中によじ登っては、
またコロコロコロリン…と落ちてくる。
「…月くん…遊んでいないで…」
「僕は遊んでいない!僕は真剣だ!この僕が遊んでいるように見えるのか竜崎!」
「見えます。思います」
ため息をつくと、竜崎はヒョイと月を咥え、ポーンと頭上に放りあげた。
ポスン!と見事、頭頂部に落下した月は、パチクリと瞬きしてからキョロキョロ辺りを見まわし、
それから竜崎の艶々ゴワゴワした毛をコショコショとグルーミングしはじめた。
「これからそこに乗っかるので良いですね月くん」
「ん!いーよ!」
満足気な返事にそういう事で決定した。
つまり。月は竜崎の頭の上がちょうど居心地良いくらい、そのくらい二人(匹)のサイズには違いがあったという事。
ちなみに竜崎の頭のうえという定番ポジションを確保した仔ネズミ月は、いたくその場所を気に入ったらしい。
そのうちに頭頂部から首筋をすべりおり、湾曲した背中で飛び跳ねクルリと一回転して、
バサバサの箒みたいな竜崎の尻尾にダイブするという危険きわまりない遊びに夢中になってしまって、
これは流石の名探偵猫も想定範囲外の事態だった。
「…月くん…遊んでいないで…」
「僕は遊んでいない!僕は真剣だ!この僕が遊んでいるように見えるのか竜崎!」
「見えます。思います」
こなまいきだけれど、所詮子供はこどもである。仔ネズミ月は遊び盛りのイタズラ盛り。
そんな月が可愛くてかわいくてかわゆくて辛抱堪らない黒猫竜崎であった。
ある日。
蹲った竜崎の箒尻尾のなかに埋もれて、スヤスヤと眠っていた月はフと目を覚ました。
フワワンとあくびをして、
ガブッ!
目の前にあった「何か」に齧りついた。
月は仔ネズミである。子供は、特に無意識のときに何かを口内に含み、安心感を得る傾向が大きい。
半分寝ぼけたままカミカミカミカミカミッ!と租借していたら
「───っっ!!」
声にならない悲鳴が聞こえた。いや正確には鳴き声が聞こえた。
月のちいさな耳がピクッと震えて、パチッとつぶらな瞳がひらいた。
ハッキリ覚醒した視界に、竜崎が蹲った姿勢のままプルプル痙攣しているのが見てとれた。
「りゅーざき…どうした…?」
「い…いえ…なんでもありませ…月くん…き…気にしないでくださ…」
気にするなと言われても、普段は冷静沈着鳴き声ひとつ滅多に洩らさない黒猫の、そんな姿を見てしまってはいくら月でも
気にならない方がおかしい。
「どこか具合でも悪いのか…?おなか痛いのか竜崎」
「いえ…!平気です…!」
「嘘だ。ちょっと見せてみろ」
「ラララ月くん!コッチ来ないで下さ…!」
チョロチョロチョロッと竜崎の腹下に潜りこんだ月は、すこし小首を傾げてから、
ジ───ッとソレを見つめた。
竜崎の背を冷汗がつたった。
「…りゅーざき」
「…なんですか月くん」
「竜崎のって…なんでこんなにおっきいんだ」
そうですね月くんのはちいさいですねとは言えない。
ソレは今まさに貴方が噛んだからですよとも言えない。
痛みとその他諸々の感覚を理性で押さえつけながら、竜崎は努めて平静を装った。
さすが世界の名探偵猫。
「それは…私は大人だからです。月くんももっと大人になれば、大きくなります」
気分はお風呂で交わす父親と息子の会話。
またジ───ッと無言で、しばらくソレを見つめ続けていた月は、不意に納得したのか
「そっか!だから竜崎のはおっきいんだ!」
ニコッ!
細長いしっぽをフリフリ無邪気に満開の笑顔をみせたので、またドッと嫌な汗が浮かんだ。
───早く鎮まれ鎮まれしずまれ冷静になれ私!───
半眼据えて竜崎が般若心境を唱えてみても、いっこうに縮む気配のないおおきいの。
を、ちいさな仔ネズミ月は、ニコニコと楽しそうに眺めている。

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