蝉がミンミンと鳴いている。
いやホントはミンミンなんて可愛らしいモンじゃなく、ジーワジーワだのジジジジジジジジだの
カナカナカナカナだのジョワワワワワワワーンだのもう大合唱とゆうかむしろ意識していないと
蝉が鳴いているという事実すらを忘れてしまいそうな位に。
「うるさい…」
表のまっしろな強い日差しと対比して、屋内の日影は、濃い。
蝉の声以外なにも聞こえない部屋のなか。い草の匂いたつ畳に転がって、月はうめいた。
「あつい…」
首筋を汗がツ…と伝っていく。
冷房なんてそんなオサレなモノはついている筈がない。付いていても一階の台所だけだ。
田舎で涼を求めようと思えば、木陰か海か川か扇風機か団扇と、古今東西相場が決まっている。
ムダに広い二階の客間で、薄い夏用のタオルケットを畳の上にじかに敷いて、昼すぎからグッタリ
横たわったままの有様だった。
要は、あまりの暑さに動く気がしないのだ。動いたら死ぬぞ…。
開け放たれた窓からは、裏山から降りてくる僅かな冷気が辛うじて肌を撫でていって、
あとすこし時間が経てば。陽が傾けば、意外なくらい心地よい涼風が吹きはじめ、風鈴がチリチリ
チリンと軽やかに鳴り始めるだろう。
あと、ちょっと。
まるで時が止まっているかの様な真夏の真昼の世界。
ユラユラゆらめく蜃気楼のほかは、誰の、何の気配もしない。
「夜神くん」
───と思っていたら。
隣から聞きなれた暑苦しい声がして、月はタオルケットのうえでゴロンと寝返りをうち背を向けた。
返事をするのも億劫だ。
「夜神くん」
「あつい…」
「月くん」
「うるさい…」
「さっきからそればっかりですが、聞いている方が暑いし煩いし鬱陶しいです」
「オマエに言われたかないよ」
ウザったく閉じていた目蓋を押しあげて見やると、死人色の顔に、隈で縁どられた瞬きしない
両眼をもつ男は、月を覗きこみジッと凝視していた。
ちょっとホラーだな、と思った。まあお盆も近いし、お寺も近いし、丁度いいか…。
「なに?竜崎」
「暑いですね」
「殴るぞ」
「きっと、もっと汗を掻けば、涼しくなると思うんですよ」
言いながら突然、有無を言わさず圧し掛かってきた痩身を、そうきたかとチッと舌打して
月はとりあえず押し返す。
両腕をとられ、上から抑えこまれた。
「やめろ。あつい。うざい。汗を掻いている。きもちわるい」
「どうせ暑いしウザイし汗を流すなら一緒です。そしてきもちいいと思います」
「なんで急にそんな気分になれるんだ?」
「さあ。…なんでだか欲情しましたので」
そうじゃなくて実は退屈してるだけだろオマエ。
こっちへ着いてからはノンビリ(とゆうか概ねグッタリ)ダラダラしてばかりで、今だってずっと、
月の傍らでいっしょに昼寝をしていた。
世界の名探偵Lが、まるで小学生の夏休みみたいに。
夏の夜神家恒例、総一郎の実家への里帰り兼墓参りに、上司としての全権力を行使してムリヤリ
くっついてきたのは竜崎の方だ。
「月くん。ここは日本ですか」
「オマエつくづく失礼だな」
「すみません。私、JAPANではTOKYOにしかステイした経験がないもので」
「竜崎が国籍不明住所不定の不審人物であることは僕もよく知っているよ。
じゃあ田舎は良い経験になるだろ?」
「はい。サバイバルには慣れています。今夜は野宿ですね?」
「どっからどう見たって家屋があるだろうが!道路も配電も下水道も完備だよ!
コンビニやスーパーはないし本屋もドラッグストアも映画館も無いけど、飲み物の自販機だけは
設置されてるし農協までは車で約15分だ!」
「ぶっちゃけえらく不便なド田舎ですねえ」
「もう…黙ってろ…頼むから…」
ワタリが手配した車から一行が降りたったときの、竜崎と月の会話である。
場所は、海と山に挟まれた、川沿いのちいさな街。
鰻の寝床のような細い路地を入れば、白茶けた陽光のなか確かに古ぼけてはいるけれど、
昔ながらの立派な門構えが軒を連ねている。
そのうちの一軒が総一郎の実家であり、この夏、年老いた両親は、東京で立派に成功した自慢の
息子夫婦と、その自慢のかわいい孫ふたりと、
それからその友人で、いきなり押し掛けてきた風変わりな珍客を、それでも笑顔で盛大に
もてなしてくれた。
珍しい舟底天井の広い客間は、友人同士である月と竜崎が、気兼ねなく過ごせる様にと
あてがわれた一室である。
その気遣いのおかげでいま、月は熱気のこもったクソ暑い真昼間から、発情した男に襲われかけ、
さらに余計な体力と水分を失っているのだ。
あああ暑い…あつい…死ぬ…熱中症を起こしそうだ…あとで麦茶を飲まなきゃ…。
素肌はどこもかしこも濡れていて、次からつぎへと流れる雫に、正直不衛生だとも不快だとも
さほど感じなかった。
むしろ竜崎は「なんでだか欲情しました」と言った。
その気分もまあ、分からなくも、ない。何となく。
動物って、体温があがると発情しやすくなるんだっけ?
肌に貼りつくシャツを捲り上げられる。露になった胸元に男が吸いついて、ネロリ、と敏感な突起を
嬲られたとたんに火がついた。
覆い被さる背に手をまわし、おなじようにシャツをまくる。指を這わせ、性急に弄りあいながら
脱がせあって、キスして、舌を絡め、麦茶の代わりにとりあえず唾液を飲み干し。
フと目と目をあわせると期待と欲望に隈つきの瞬きしないまっくろな両眼をギラギラさせた男は、
ひとしずく額からこめかみへ、体液を滴らせた。
ズクン、と月の身体の奥が、疼く気がした。
「竜崎、ふだん汗掻かないのにな」
「ひとを変温動物みたいに言わないで下さいよ。してる時は流石に、私だって汗くらいかきます」
「へえそうだっけ」
いつもいつでもクーラーの効いたホテルの部屋で、土気色の顔して長袖を着ていることの多い男が。
月とセックスする時だけはちゃんとした生物なのだと、確認できる。
余裕なく、切羽詰って、息が荒くなって、肌が上気して、汗をながして、快感に達する。
それは月にとっても心地よい。たしかな悦びにつながる。ふたりとも動物みたいでいいな、と思う。
空調完備の空間よりも、より生々しく。それがいい。
汗を吸ってゴワゴワしたジーンズを蹴り捨てると、汗だけでなく湿ったソコは滑りもよく、
竜崎の掌に馴染んだ。
「はっ」
扱かれて口内にふくまれ、背筋がのけぞる。また流れた汗が目に入って、視界が潤む。
「あ、あ、あっ」
声を上げては大変マズイ気がするが、どうにもひとの気配がまったくしないのでつい不注意になって
しまった。窓も開けっ放しなのだ。襖だから鍵も閉められない。
なのに、いつもなら有り得ないくらいに、そんなことどうでもいい。
蝉の鳴き声が遠くちかく、意識が霞んで、何もかもが暑さで曖昧で、なにも考えられずに、イった。
「───っ…っっ」
引っくり返されて四つん這いになる。無意識に必死でタオルケットをたぐりよせる。
背後から乱暴に侵入してきた熱塊に貫かれ犯されて、ユサユサ揺さぶられるたびパタパタと
全身から雫がたれる。
「…ひうっう、くっ…ん、んんっ」
弱い部分を抉られては痙攣が走った。
前にまわされた両手に握られ、しごかれて、瞬間、耐え切れず白濁をはなつ。
ヒュッと息をのみ、ビクビクビクッと震えた月の耳もとで男の荒い吐息。
オマエ、まだイッてないじゃないか竜崎。
すぐさま再開される律動に首をふった。際限ない行為によくて、つらくて、本当に涙がこぼれた。
「あう…っ…っっ」
声が出なくなる。息が、熱い。
水分が足りないんだ。もうやめろって。死ぬぞホント。
咽喉が渇く。枯れる。くるしい。嫌だ。やだ竜崎。
ああ、でも、きもちいい、もっと、もっと、竜崎。
気がついたらすっかり夕方になっていた。
窓から差しこむ赤い夕陽に、月はやや唖然とする。…いったい何時間ヤってたんだよ…。
階下からは晩御飯の支度をする台所の音。食欲をそそる香ばしい匂い。祖父と父親が観ている、
テレビの賑やかな音声。祖母と母親と粧裕の笑い声。
身体を起こし、腰だけじゃなくアチコチ軋む痛みに顔をしかめながら上に乗っかったままの竜崎を
ひっぱたき起こした。
畳のうえに敷いていたタオルケットはグチャグチャのジメジメで、やばいコレどうしよう…それよりも
まさか喘ぎ声とか…アレな音とか…マジでヤバイ…大丈夫だったろうか…
いまさらな恐怖にいまさら背筋も凍るおもいで、ボサボサ頭の男をひっ連れて、
まずはさいわい離れにある浴室で後処理をし、汗をながし、サッパリ余韻と証拠を完全削除。
そのうえでソローリ、全員が顔を揃えている居間に赴くと、
「あ。お兄ちゃん起きた?よく眠れた?」
「ライト。竜崎さんも、あんなに暑かったのによく昼寝なんて出来たわね」
「あ…うん。まあ、ね」
夜神家のひとびとは、表むき何も気づいていない様子だったのでたぶん平気…
きっと大丈夫な筈…
だと、月は思い込むことにした。そうしないと今度は冷汗で脱水症状を起こしそうだ…。
テーブルに置かれた冷たい麦茶をひといきに飲み干す。そんな月を、面白そうにカリカリ爪を噛み
つつ竜崎が眺めている。
夕食は鰻だった。夏バテしないよう精のつくモノをと言われ、微妙に顔が引き攣ったところで、
「私、魚は苦手なんですが…それでは月くんの為にも是非とも食べなければ」
喋りかけの隣席の竜崎を、持っていた団扇で張り飛ばす。
「痛いですよ月くん」
「顔に蚊が止まってたんだよ竜崎。ははは!」
食後のデザートには冷えた枇杷が出された。もの珍しそうに観察するだけの探偵に、月は食べ方
を教えてやる。
ふたりで仲良く甘い果実をほおばった。竜崎は指先だけで意外に器用に皮を剥いている。
どうやらかなり気に入ったらしい。
「あとで庭で花火でもするか?夏らしく」
「いいですね。私、田舎も鰻も枇杷も花火も、初めてなんです」
「…へえ。良かったね。楽しい?」
「はい。とても」
無邪気ともいえる猫背の男の様子に、月は笑った。
竜崎が楽しいなら、まあいいか。
「お兄ちゃーん。おばあちゃんが浴衣があるって言ってるよ。一緒に着ようよー」
「あ。わざわざ誂えてくれたのかな。いいよ」
粧裕の呼びかけに振りかえってOKした月に向かって、ニンマリ変な顔をして笑った竜崎は、
「月くん。…今晩は、はじめての浴衣の帯クルクルプレイがしたいで」
「あ。竜崎また顔に蚊が」
いくら楽しいといっても、いろいろ限度はあるのだ。
夏休み気分で惚けすぎの探偵の顔面を、月はこんどはグーで盛大に殴っておいた。