「みみ」
すっかりご近所猫族みなさまのアイドルになってしまった仔ネズミ月である。
情報収集と操作のためにそう仕向けた張本人(猫)であるものの、気がきでないのは、月の保護者(猫)と化した黒猫竜崎。
本日も。
ピクリと竜崎の両耳が動いた。
「ライトー!vv」
来た!
コロコロコロコロといつもの如く箒尻尾と戯れていた月をすばやく頭上に避難させて、竜崎は寝そべっていた身体を起こすと
厳重警戒モードに入る。
ああ面倒くさい…。
「ちょっとー!邪魔よ竜崎さん!ミサはライトとふたりきりのデートがしたいんだからー!」
金色に染めた毛を黒レースリボンでツインテールに結び、黒い皮の首輪からは鈴のかわりにドクロと十字架をブラさげた
ゴシカルな装いの雌猫は、
現れるなりフンギャー!と毛を逆立てて竜崎に盛大に噛みつく。
黒猫はウンザリとため息をついた。
…コイツの飼主の顔が見てみたい…とんだ悪趣味な人間だ…
(アンタに言われたくないわ)(ミサ談)
「また貴女ですかミサさん…なにがデートですかフザけたこと言ってると蹴り入れますよ。
月くんとミサさんを二人きりになんてする訳がないでしょう。月くんが喰われます」
「アンタこそなに言ってんのよ。ミサはライトの彼女なんだから食べる訳ないでしょ!
でも別の意味でなら美味しく頂いちゃうかもだけどねー!キャ!二人で布団かぶっちゃおうか?ライト」
話を振られたちいさな仔ネズミは無言で黒猫の頭のうえでピルピル震えているだけである。
半眼据えると竜崎は、低い声で頭頂部にいる月に尋ねてみた。
「月くん…弥とは本気で?」
「………」
「───夜神君は、私とお付き合いして下さるって言いました」
うおおおビックリした!
全員飛びあがって驚いた。
いつの間にどこから登場したのか、清楚で賢くいかにもプライドの高そうな毛並みのよい美人(猫)である。
ここら一体で女神とまで称されている、その名もツンデレ清美であった。
「夜神君」
「………はい」
「お付き合いしてくれると言ったのに。
なのに夜神君は少しも楽しそう嬉しそうという雰囲気ではなく、むしろ怯えています」
「そんな事ないよ…高田さんすごい美人だし………ホントちょっと怖いだけで………」
「女神だなんてそんな本当のこと気にしないで下さい。私、浮ついた事は嫌いです」
コホン、と満更でもなく咳払いをしてみせるツンデレに向かってゴスロリっこが牙を剥く。
「ちょっとー!アンタ横からしゃしゃり出てきて何エラそうな顔してんのよ!
アンタなんかライトに利用されてるだけなんだから!ライトはミサのこと『一生愛す』って言ってんだからねー!」
「私は一方的な弥さんとちがって夜神君に選ばれたんです。弥さんこそ夜神君とお付き合いしたいのであれば、
もう少しマナーをわきまえた大人になってからの方が宜しいですわよ」
「あーら私の方が年上よ清美ちゃん」
「その割にはずいぶん餓鬼ですこと」
「なによこの老け顔」
「年増」
フギャー!ミギャー!ウギャー!!
雌猫同士の壮絶かつ醜悪な争いがはじまった所で、竜崎がポツリと呟いた。
「…月くん…貴方なにアチコチで女性(雌猫)口説きまわってるんですか…」
「だって…アレでも何かの役に立つかなあとか思うと…てゆうか迫られると怖いしさ…ついOKしちゃうんだよね!」
「いったい何の役に立つんですか。てゆうか私の知らない間にいつ迫られてたんですか。てゆうかついOKしないで下さいよ!
いえいえそれよりも月くん。やっぱり猫は怖いですか?」
月は賢いとはいえまだ幼い仔ネズミなので。
もしかして今の特異な環境に慣れ親しんでしまうと、本来、鼠としては怯え警戒しなければならない猫に対して、
余計な親近感を抱いてしまうのではないかと竜崎は危惧していたのだが。
ちゃんと天敵は天敵として認識しているらしい聡明な仔ネズミに、保護者(猫)代わりの黒猫はホッと安堵する。
「ん。竜崎以外の猫は、こあい」
コックリ。
ちんまり舌足らずに頷いてクリッと小首を傾げる様子に
くうっ…!と竜崎はこみあげるモノを堪えた。
だ…騙されている…皆コレに騙されるのだ…わ、わかってはいるが…でででも可愛いのです…!!
「ライト!ミサとコイツ、どっちを取るの?!」
「夜神くん!私を選んで下さいますよね?!」
「ふざけんじゃないわよこの地味ババア!ミサのがずっと可愛いんだからねー!」
「無理矢理若作りしてるあなたに言われたくありません!何ですかその不相応なツインテール!みっともない!
私の方が清楚で可愛いとおもいます!」
「ライト!!」
「夜神君!!」
「「どっちが───」」
「僕が、いちばん、かわいい」
フンッ!
ふん反り返って、竜崎の頭のうえで鼻から息を吹き出しながら月が高らかに宣言して、
ツインテール雌猫とツンデレ雌猫二匹は
「「………」」
同時に黙りこくった。
ちょっと気の毒だとは思いつつも、黒猫はウンウンと感慨ぶかく頷いている。
また別の日には。
ピクリと竜崎の両耳が動いた。
「二アです」
「メロだ」
白銀の猫と、ミサとは違い地毛で金髪の猫二匹を前にして、スウッと月の瞳が眇められる。
「…なんか…気のせいか竜崎にとってもよく似てないか…?まさか…オマエの…」
「月くん違います!誤解です!私を、発情期にその辺で種撒きまくる駄猫と一緒にしないでください!
私、こう見えても名探偵猫です!私と彼らとは似て非なる猫種です!てゆうか彼らは血統書付きで私は雑種です!
信じてください私は月くん一筋ですー!」
「何気に自分をぜんぜん貶めてますね」
「カッコわりーな。それで名探偵かよ」
んんん?
月は、白銀と金色二匹の会話にパチパチ瞬きしたあと。
なにを考えたか定位置である竜崎の頭の上からピョンと、メロと名乗った金髪猫に飛び移る。
ギョ!と隈つき両眼を剥いた黒猫にかまわずトテテテテ…と背中から頭のうえに駆けあがり、それからこしょこしょグルーミングを始める。
んあ?とメロは不思議そうに上目遣いで月を見あげた。
「わーすごい傷がある」
「あー…ソレ。そいつとテリトリー争いで喧嘩したときの怪我の痕だ」
「へえ。竜崎と戦うなんて凄いね」
「おう!負けたけどもな!」
「ん。竜崎強くてカッコいいもん」
「おう!でも次は勝つけどな!」
「ん。メロもカッコいいねー」
「だろー?ライトは可愛いな!」
「ん!」
「私たちとも仲良くしましょうよライトさん」
「ん!いーよ!」
妙に意気投合して親しい雰囲気になってしまったのはひとえに、ニアとメロが竜崎とよく似た猫たちだったからなのだが。
当の黒猫は余計なライバルの出現に不安で不安で致し方ない。
かと思えば。
ピクリと竜崎の両耳が動いた。
「神よ───!!」
また来やがったあの変態…。
ヒラリと窓枠を飛びこえ部屋に駆けこんで来たのは、竜崎とおなじ漆黒の毛並みにモスグリーンの美しい瞳を備えた、
秀麗な容姿をもつ雄猫である。
ただし中身は立派なヘンタイさんだ。
「神よ!我が神よ!久方ぶりにこの魅上が馳せ参じました御無事ですか!ご機嫌麗しゅう御座いますか!
そこの野蛮な輩に無礼や無体を働かれてはおりませんか!」
「勝手にひとんちに入りこんで来るほうがよっぽど無礼で無体でしょーが」
冷静なツッコミとともに最初の強烈な蹴りが決まって、
魅上は壁にフッ飛ばされゲフウッ!となりながら、なおも必死に叫び続ける。
「神の美しく高貴な御身をお守りするのはこの魅上をおいて他にはおりません!
どうぞ今すぐ私とともに新世界に旅立ちましょう!猫も鼠も悪も関係ない、万民が平等で平和な理想の世界へ!」
「貴方ひとりで勝手にどこへでもお逝きなさい」
「そしてその小さく愛くるしい御足でこの愚民(猫)めを踏んでやってくださいませ!
罵倒して苛めて辱めて虐げてやってくださいませ神よ!我が神よー!はあはあはあはあ」
「うえええええりゅうざき〜こわいよ〜」
「ワタリーワタリー良きに計らえー」
竜崎に蹴られても蹴られてもめげずに立ち上がる魅上はさすがのM。
すばやく家具の隙間にかくれて成り行きを見守っていた月は怖くてこわくて、
半ベソ状態で名を呼ばれ、これ以上は仔ネズミの情操教育上にも良くないと判断した竜崎は、ヘンタイの早急な削除を
優秀な執事に依頼する。
ミスター・パーフェクト・ダンディ・ワタリは飼猫である黒猫の滅多にきかない鳴声に、的確に状況判断すると、スタスタスタスタ…と
近づいてきて。
ヒョイッ!と魅上の襟首をつまみあげると、
ポーイッ!と見事なフォームで遠く塀を越える敷地外まで放り投げた。ナイス強肩。
「神よ───………」
フェイドアウトしていく
「ニギャアアアァァ………」
という悲痛な鳴声を聞きながら、
最近よそ様の猫たちが屋敷にあがりこんできて困りますな…ミスターパーフェクトは猫対策を練りはじめる。
こうして毎日まいにち。
ご近所猫族みなさまのアイドルになってしまった仔ネズミ月の安全を守るのは
名探偵猫竜崎の仕事。
そう。月に迫る危機をいちはやく聞きとり察知する竜崎の耳は。
名探偵の耳。
もうひとつ。
「………父さん………」
いつものように箒尻尾の中でスウスウ眠る月が、ちいさく呟く寝言も、竜崎の耳は逃さない。
「…母さん…粧裕…」
繰りかえされる家族の名前。
閉じられた瞼からポロンと零れるひとつぶの雫。
ふかい眠りを妨げないよう、ソッとそれを舐めとると、竜崎は物憂げに思案する。
月の一向に治まらない噛みつき癖は、おそらく不安と寂しさによる情緒不安定からくるもの。
可哀想な迷子の仔ネズミを。
本当の意味で守るのも、名探偵の仕事なのだ。
next 「しっぽ」