きっと目が覚めたらサンタクロースからのプレゼントが届いているよ。
「え?!」
「はい?!」
咄嗟に振りかえったら、ややビビッた顔をした男が目の前にいて、
自分で相手を驚かせたクセに、へえ…コイツにしては珍しいな…と、僕はやたらノンキに思う。
「いま、なにか言わなかったか?竜崎」
「いえ」
プルプルと勢いよく首を振った。
「月くんはよくお休みになられている様子だったので、それじゃあ私も寝ようかと
ベッドに横になった瞬間、いきなりカッと目を見開き、グリンッとエクソシストみたいにコチラを向かれたので
私としましては眠気が吹っ飛ぶほど、相当に驚いた次第です」
「…ああ、そう…それは申し訳なかったよ…」
本気で動揺したらしく若干、早口になっている男は放置して、じゃあアレは夢だったのか…
サンタクロースがプレゼントをどうのこうのなんて、僕もずいぶん子供っぽい寝惚け方をするな…
しかし、それにしちゃ一体誰の声だったのか、いやにリアルに聞こえたけれど。
目をコシコシ擦りつつそんな事を考えていると、
竜崎が興味をもった風に、横から面白そうに覗きこんできた。
病気じゃないかと疑うくらい、肌色が悪くて隈がこびりついてて、
瞬きすらしないドンヨリ曇った瞳に、背中の曲がった姿勢の宜しくない様子に、指をしゃぶる悪癖。
の、この見目の悪い男は、
僕の恋人。
もう一度、言おうか。なにを隠そう、この男はこの僕の恋人だ。ベッドを共にする仲だ。
僕らは男同士だ。なにか悪いか。文句あるか。
「───夢のなかで、サンタクロースにプレゼントを貰ったんですか?月くん」
飄々とした竜崎のセリフに、ギョッとした。奴は爪を噛んだままニマニマ僕を見ている。
なにか寝言でも洩らしたか…なんで僕の夢の内容まで知っている…なんて疑問は、愚問だった。
そう。この男は見た目もアレだけど、中身もアレだった。世界一の、名探偵。
ひとの心を読むなんて日常茶飯事お手のモノ。
「残念だけど何も貰ってない。てか、貰う前に起きちゃったよ」
「月くんへの愛のプレゼントは、私だけが差し上げられる特権ですよ。
たとえ夢の中ででも、サンタなんかと浮気しないでくださいね」
「………なに言ってんだオマエ…キャバクラ嬢に貢ぐエロオヤジくさいぞ…」
「あ。でも私へのプレゼントに、ミニスカサンタコスの月くんは大変萌」
言ってる男の顔面に、柔らかい羽毛枕を押しつけ上から全力で押さえ込みに入ると、
ジタジタしていた奴はしばらくして大人しくなった。アレ死んだかな?
僕と、竜崎とは、過去に起きたとある事件を通じて出会った。
世界警察機構の影の切り札、謎の世界的名探偵、L。
仮の名を竜崎と名乗ったその人物と、たかが一介の高校生に過ぎなかった僕が、接触をもつに至ったのは、
僕の父親が日本警察の上層部で、事件の陣頭指揮をとる立場の人間であったこと。
昔から、父を尊敬し父の仕事に憧れていた僕が、ひとより多少、秀でた推理力を使って、
秘密裏に事件捜査の手伝いをしていたこと。
それらが、Lの慧眼に留まったのだという、キッカケ。
まるで偶然のような。むしろ偶然というより、ソレは運命と言い表した方が的確なような。
そう竜崎が口にした時には「陳腐だね」と、表向き僕は笑ったけれど。
満更でもなかった。うん。きっと運命だったんだ。僕らふたりは。
事件は、連続殺人だった。世界中の犯罪者たちが次々と心臓麻痺で死んでいった。犯罪者でない人間も、
多く殺された。
無差別と私的怨恨の入り混じった凶行は、つぎに誰をターゲットにするか分からない。
とどまる所を知らずに膨れあがる恐怖と、混乱。社会はパニック現象に陥りかけた。
そんな情勢の中、当初、いくら捜査しても殺しの手段がまるで不明のため、神がかり的とさえ噂された真犯人は、
だが、すぐに自滅してしまった。
世間に煽られたせいだろうか。
自分を「新世界の神」だと名乗り、自らマスコミに宣伝してまわった犯人の愚かさと、自意識過剰と、浅はかさと、
理解できない精神構造。
男はバカだった。としか言いようがない。
メディアから提供された情報をもとに、即座に身元を割りだした警察が逮捕する直前、犯人の男は死んだ。
心臓麻痺だった。方法が不明ではあったが、自殺であるのはハッキリしていた。
マスコミでの自供(自白)。男が死んだあと、連続殺人がピタリと止まった事実。
などの状況証拠からも、やはり件の男が犯人だったとして、事件は一応の決着をみる。
でも、最期まで殺しの手段がハッキリ判明せず、凶器等の物的証拠が得られなかったのは、非常に残念だと思う。
きっと、もう、二度とあんな残忍な事件は起こらない。起こってはいけない。
犯人は死ぬまで、つねに自分を「神」だと言い続けていた。
もし彼が本当に「神」だったら、あれほど無様な死に方はしなかったろうに。「神」は、警察に追い詰められての
自殺なんて事は、決してしないだろう。
彼はバカで、ごく普通の人間だった。
だけど何かの「運命」で、僕たち常人ではけして手にする事の出来ない、ひとの命を簡単に奪える特殊能力を
得ていたのだとしたら。
普通の人間が、普通の日常のなかでそんなチカラを手にしてしまう。
それを僕は「不幸」だと、心から思う。
捜査のなかで僕の父も、そう口にしていた。竜崎も頷き同意した。
そんな人を狂わせる力を持ってしまった人間は、不幸だ。
犯人である彼は、哀しい、可哀想な人だったんだ。
幸と不幸の定義は人それぞれですよ。なにがさいわいでなにがふしあわせかなんて、
当人の心でなければ、他の誰にも真実は分かりません。
ですが、そう思って、可哀想な犯人のために涙を流せる月くんは
とても幸福な子供ですね、と。
竜崎は、事件に関わることで僕が自分勝手に傷つく度、たびたびそう口にした。
優しく、厳しく、根気よく、諭してくれた。
竜崎と偶然(運命?)出会えた結果、僕は幸せになったのだと思う。
「満たされた裕福な、幸福な子供」だと何かにつけて竜崎にからかわれたものの、
僕はそれまで、つまらない退屈な毎日に鬱積し、どうにもならない閉塞に窒息し、
汚泥のなかで、もうすこしで溺れ死にかけていた小魚だった。
だけれど竜崎に出会えて、僕は変わった。生きる意味も、目標も変わった。
昔から優等生で、将来は父さんのような、父さんを越える警察官になるのが、僕の唯一の「未来」だった。けれども。
今では夢は広がった。繋がった。先へ先へと、未来が、可能性が、希望が。
刑事だっていい。でもさ、竜崎と、Lと、世界の名探偵と、肩を並べ、対等に、命がけで世界中の難事件に挑む。
重大犯罪や極悪人に立ち向かい、日々戦うのも、なかなか素敵じゃないか。
最高にゾクゾクするよ。遊びじゃないなんて当たり前なコト、分かっているよ。
じつは竜崎にも誘われている。「公私共に私のパートナーになりませんか」と。
僕はたぶん、「普通の日常」に満足して生きていけるタイプの人間ではないのかもしれないと、
フとした弾みで、何かのキッカケで、「運命」で、「あちら側」に堕ちてしまうかもしれない危険性を、
同じタイプの人種として、竜崎は危惧してくれているのかもしれない。と、最近、気づき始めている。
なのでまずは、自分自身の問題として。足元を見据え、将来を見据え。
僕はまだまだ子供だ。何もかもが足りていない。
これから更に勉強して、経験を重ねて、竜崎に早く追いつき、早く奴の支えがなくても己の足で歩けるように、
竜崎が僕の側にいてくれる間に、竜崎が僕の側から去っていかないうちに、早く。早く。はやく。
………バカだな僕は。竜崎は僕から離れたりなんてしない。ずっと側に居てくれる。
なにを無意識に心配して───
「月くん」
思想に浸っていたら、急に両脇から伸びてきた腕に強引に抱き竦められる。
「アレ生きてたんだ」と羽毛枕を外した瞬間、喰らいつくみたいにキスされた。勢い、ちょっと歯がぶつかって
痛かった。このバカ。
「…っ………っっ」
強く舌を絡め取られ、吸い上げられて、唾液が零れる。猫を弄るみたいに掌で咽喉を愛撫されているので
上手く息がつげない。
わずかに唇が外れた隙に、は、ふ…っと喘ぐように呼吸したら、ニンマリ竜崎が笑った。
「窒息しそうな程に溢れる愛の、ご感想は」
「…マジで殺してやろうか」
「月くんの上で腹上死なら本望ですね。ぜひ。今晩は頑張りますよ私」
「変態」
耳元でエロく低音で囁き誘ってくる僕の恋人、は、
くどいようだが、腹上死の可能性も無きにしも非ずの、かなりのオヤジ(年齢不詳)だ。男だ。ホモだ。悪いか。
きっと父さんが知ったら卒倒するだろうな。この竜崎との関係や、先行きの件も含めて。でも母さんや粧裕は
どうだろう。意外に女はリアリストだから(現実派というより現金派)父さんを説得したうえで
祝福してくれるかもしれない。なんて。
なんにせよ、僕らの未来はこれから描かれる、まっさらな白紙のままだ。
キスして、互いの裸の素肌をまさぐって、もつれあい、ベッドに転がる。シーツの波に沈む。
「ふ…うっ…ん、んっ」
竜崎の指がソロリソロリと後ろを這い、内襞を掻き分けるように侵入してくる。ジワリ…と慣れた愉悦と熱と、
同時に、先刻の行為で僕のナカを濡らした名残りが滲むのが分かって、篭もる羞恥を吹き飛ばすみたいに
息を吐いた。
「はっ…んん、…んっんあ…」
クチュクチュと、感じるポイントを抉りながら指を出し入れするのに、イヤらしい音を立てて、
ホントはもうわざわざ慣らす必要もないくらいなのに。
ワザとやってるんだ。僕を昂らせる為に。マジでこのエロオヤジが!
「いっ…っあ、ああ、あっあ」
分かっていても身体は待ったなしで暴走する。
興奮する。息があがる。クラクラする。嬌声が止まらない。限界が近い。
ムカついた。僕だけが指だけでイカされるのも癪に触る。ので、ズリズリと体位をズラして、
すっかり固く熱くイイカンジになっている奴のモノを不意打ちで咥えてやった。ら、
「うっ」と鋭く呼吸を詰め、竜崎は際どく口角を吊り上げた。
「珍しいですね。一緒にします?」
「ふっ…気分だから、ね」
「盛り上がってきました。もう朝まで寝かせません」
「…ゴメン。いま急に疲れて眠くなってきた」
「疲れた時には甘いモノですよ。
1ラウンド終わったら、ケーキを食べましょうね月くん。生クリームとチョコレート、どっちが良いですか?」
「なんでいきなりケーキなんだ…」
「今日はクリスマスイブですよ。忘れましたか?前に約束したじゃないですか。
クリスマスと誕生日には、一緒にケーキを食べましょうって」
「ああ、そう」
よく覚えているよ竜崎。そのセリフ、もう何回も何度も聞いた気がする。…いつ、どこで?
ホテルのエグゼクティブフロアの、部屋中に漂う甘い香り。今日はクリスマスイブだから、ふたりだけで派手に
パーティーをした。
約束どおり生クリームの苺ケーキと、チョコケーキを半分こして食べて、シャンパンを飲んで、クラッカーを鳴らして。
思いきりフザけて、思いきり笑いあって。
キスは、一日一緒に居て一日おなじモノを食べているから、おなじ味がするんだ。おかしい。
遊び疲れて、頬を寄せて、寄り添って、僕と竜崎は一緒に眠り一緒の夢をみる。幸せで甘いあまい夢をみる。
出会えた奇跡に感謝する。愛しあう運命に感謝する。幸福に包まれたこの世界すべてに、感謝と祝福を。
愛してる愛してるあいしてる。
───奇跡と運命と幸福と愛に包まれた世界のなかでみる甘いあまいしあわせな夢は、
過去の事件で、自ら神と名乗り、狂気のなか不幸に死んでいった男の無様な姿だった。
彼は。彼だけは。この幸福な世界のなかで、確かに不幸だった。
………きっと目が覚めたらサンタクロースからのプレゼントが届いているよ。
いらないよ。
またリアルに聞こえる声。僕はプレゼントなんて、いらない。
僕はいま、幸せだから。竜崎とふたりで幸せだから。
僕は幸せだけれど、この世界中に、不幸な人間は必ず存在する。
その弱く不幸な人々を救おうと、死神の力を得て、新世界の神になるべく立ち上がったのは、僕じゃないか。
いいや違う。ちがう、僕は不幸なんかじゃない。僕は竜崎と共にいる。僕は幸福な子供だ。
子供たちには神様から愛を。そんな馬鹿な。僕は新世界の神だ。僕はサンタからのプレゼントなんて欲しくない。
神がサンタから贈り物を貰うなんて変だろう?
なんて滑稽な夢。
では、この幸せな沢山の夢。沢山の未来。沢山の愛。沢山の僕。夢夢夢。
どれもこれも幸福な、微笑む僕の姿は、なんなのだろう。夢から覚めた僕だけが、この世でひとりだけ不幸。
いいや。いいや僕は不幸じゃない。不幸な子供なんかじゃない。言っただろうリューク。竜崎。
僕は寂しくも哀しくもない。最期まで僕は新世界の神として。
ああ。光が眩しい。夢から醒める。
幸福なこの夢から、醒める。
僕は僕は僕は───………
竜崎。
もしかしたら目を覚ました時には、サンタクロースからのプレゼントが届いているかもしれないけれど。