きっと目が覚めたらサンタクロースからのプレゼントが届いているよ。
遠く、かすかな囁き声で目を覚ました。
瞼を開くと、視界に映るもの。白い天井。白い壁。白いシーツ。いつもとまるで変わりのない、ましろい牢獄。
ボンヤリしたまま瞬きする。身体が泥沼に浸かっているかのごとく、重く、つらい。
指一本動かすのも億劫で、陸に打ち揚げられた魚みたいに、かろうじて浅い呼吸だけを繰り返している。
これも、いつもと変わらない現実だ。
なんで僕は、あんな夢を見たのだろう。
…なにがサンタクロースだ…なにがプレゼントだ…馬鹿ばかしい…
取り留めなく心のうちで自虐的に呟いた。もしサンタがいるとして、いま、自分が本当に望む贈物を
してくれるとするなら、僕は───
「起きましたか」
物音ひとつしない、時間の流れが止まっているかのような、シンと重たい静寂の空間に
ポツン、と、ちいさな波紋を生む、低い男の声がした。
「…竜崎」
「よく眠っていましたね。鎮静剤が効いた様子ですが、疲れは取れましたか?」
「は!」
呆れて、おもわず嘲笑が咽喉を突いた。疲れは取れましたか?だと?
僕を疲労させ、磨耗させ、精根尽き果てるほど搾取しているのは、他ならぬオマエだろうに竜崎。
気を失う寸前まで散々、喘がされて掠れきった声では、反論したくても気力がもたない。
パフッと再び柔らかな枕に顔を埋めた僕に、竜崎はカクリと首を傾げてから
おもむろに、グラスに注いだ冷たい水を差し出してきた。
大人しく受けとる。ひとくち。染みわたる潤いと清涼に、萎縮していた細胞が息を吹き返すのが分かる。
こんなフとしたつまらない事で、生きている、と感じる。
「大丈夫ですか?」
「おかげ様でね…メンテナンスご苦労様、だな。
お気に入りのペットをヤり殺さないように気を遣うのも、大変だろう竜崎」
シャラリ…と軽く涼やかな音がした。ソレは僕の足首を繋いでいる鎖。
最初は、両手両脚を縛められ、ベッドの支柱に括られ、自害を阻むためにご丁寧に猿轡を噛まされて
メチャクチャに犯された。
時には様々なクスリまで使われ、意思も意識も奪われ操られ、善がり狂い、啼き叫び、懇願し、
なす術もなくありとあらゆる痴態を晒した。プライドなんて一瞬で捻り潰された。
いまはもう、竜崎はそんな事はしない。
僕が諦めたからだ。
抵抗を。キラを。新世界を。
ついに夢を叶えた。勝った!と思ったその瞬間、
とっくに死んだはずの男が黄泉還って、僕の前に現れた際の、あの驚愕と衝撃。
事態は一転した。僕を動揺させ隙をついた竜崎は、僕からノートを、死神を取りあげ、キラを奪った。
そしてこの白い牢獄にムリヤリ連れ去られて、ふたりきり。
世界があの後どうなったのか。ノートは。死神は。キラは。正義は。人々は。新世界は。
僕は知らない。
ここがどこなのか、ここに来てどれだけの時間が経っているのか、いまが何年何月何日何時何分なのか、
なにも分からない。
昼夜なく竜崎に抱かれ、気絶して眠って、目を覚ませばまた交わって。
それ以外はせいぜいが食事等、生きていく為に最低限、必要な営みをするくらいだ。獣のように。
僕はもうキラでない。僕はもう夜神 月でもない。僕はもう人間ですらない。かもしれない。
「ペットなんかじゃありません。月くんは私の恋人ですよ。他の何者でもありません」
飄々とフザけたセリフに、声もなく哂った。
「ああ、そう。コイビトって、性欲処理玩具だもんな。
ペットの犬には欲情しないから、それよりまだマシか?」
「愛しているから、抱きたいと思います」
「愛の定義をまちがってるよ名探偵。拉致監禁して愛を語るのは、ストーカーという名の犯罪者だ」
「私は月くんを大事に想っています。私は貴方を、死なせたくはなかった。
あのまま放っておいたら月くんは近い将来、必ず追い詰められ不幸な死を迎えていたでしょう。
私は、貴方に、たったひとり、多くの人間たちに見放され見捨てられ、
屈辱と絶望と暗黒のなかで悶え苦しみ、息絶える。そんなマネは絶対にさせたくなかった。
だからここに浚ったのです」
「………」
たしかに。
僕はいつだって危険な賭けをしていた。いつだって命がけだった。いつ勝負に負け、命を落としても
おかしくはなかった。
竜崎との、Lとの戦いも。それ以上に、世界との戦いでも。
そして賭けに勝った。戦いに勝利した。と、奢り油断したのは確かに僕のミスだったろうが
僕が不幸な最期を迎えるかどうかなんて、この目の前の隈男に分かることじゃないだろう。
いくら世界の名探偵といえど。不死身のストーカーといえど。
僕はけして不幸なんかじゃない。昔も、今もだ。
でも、竜崎の言うことはきっと正しいのだった。
僕には分かっていた。
夢を見る。
暗く狭く汚れた場所。大勢の人間に取り囲まれた僕は、冷ややかな視線を浴び、糾弾され、
昏いくらい断罪場に打ち棄てられている。
遠くに扉が開いている。そこから輝く光に向けて、僕は死に物狂いで手を伸ばす。
アレは希望。アレは未来。あの扉の先にあるのが、求めていた理想の新世界。
なのに届かない。どうしても届かない。力尽きた掌は真っ赤に穢れている。埃だらけの冷たい床に流れる
血と、涙と、僕の命。
死にたくない死にたくない逝きたくないと絶叫して、僕はついに息絶えた。
最期に想い浮かべた貌は………
いつだって、オマエが僕を殺し、オマエが僕を生かすんだ。
───竜崎。
「はい。月くん。貴方は私のモノです。
私が生きるかぎり、私は月くんを生かします。愛し、想い、守り、側にいます。
私が死ぬときには、月くんを一緒に連れていきます。どんな事があっても、貴方をひとりにはしません」
飄々と淡々と、路連れ心中を口にする物騒な男に、僕は微笑んだ。
そうだ連れて逝け。
責任をとれ。もう二度と、あんな寂しい想いをさせるな。哀しい想いをさせるな。
もう二度と僕を独りにするな。永遠に。
諦めたんだ。すべてを、夢を、キラを、理想を、新世界を。
たくさんの大切な大事なモノを胸に抱き締めていた。ソレをぜんぶ手放したら、両腕が空っぽになった。
その腕が何をしようと、自由だろう?
自分が成すべき運命のために、果たさなければならない責務のために、
最初から選ぶことすら望むことすら赦されなかったモノを、代わりに抱き締めるくらい。
僕が成り損なったホンモノの神様だって、赦してくれるだろう?
サンタなんて居なくていいよ。プレゼントなんていらない。
願いと奇跡を叶えてくれる存在なんてモノがあるとするなら、
僕はまた、竜崎との戦いを、別離を、死を、望まなくてはならなくなる。そうせざるを得なくなる。
僕が僕であるかぎり、夜神 月として、キラとして、新世界の神として。
けど、いま。ここには僕と竜崎しか居ない。世界は関係ない。僕らはもうキラでもLでもない。
こんなちいさな箱庭の存在には、サンタも神様も気づかない。
だから本心を言ってしまおうか。
昔も、今も、
僕はとても幸せだ。
「僕はとても幸せだ」
「はい。そうですね」
願いは届いた。真実、叶えたかった希望は、本当に欲しかった夢は、いま。
「愛してますよ月くん」
「ああ、そう。ストーカーの分際でね。…僕も愛している、かな?」
「素直になれないのも分かっていますから、素直になれるようにして差し上げます」
「変態」
抱き締められて、押し倒されて、割り開かれた太腿のあいだに、男の腰が入ってくる。
自ら両腕を背中にまわして抱き締めかえす。両脚を絡ませるとシャラシャラシャラ、
僕と竜崎を結ぶ鎖が、涼やかに軽やかに鳴り響く。
ジングルベル。
「終わったらケーキを食べましょうね月くん。生クリームとチョコレート、どっちが良いですか?」
「なんでいきなりケーキなんだ…」
「今日はクリスマスイブですよ。忘れましたか?前に約束したじゃないですか。
クリスマスと誕生日には、一緒にケーキを食べましょうって」
そういえば…くだらないなあ。
耳元で囁かれて、つい笑ってしまった。僕の笑顔をみて、竜崎も嬉しそうだった。
しろい牢獄。窓はないから外の景色も見れない。今日は雪が降っているんですよと、荒い吐息の合間に
竜崎がコッソリ教えてくれた。
激しく揺さぶられて脳髄まで駆け抜けた快感にまっしろになり、返事もできず、
かわりに瞼を閉じた。
世界中も白く染まれ。冷たい檻に閉じ込められて、人も時間も何もかも凍ってしまえ。
氷のなかでこのまま。幸せな眠りに堕ちる。永遠に。
もしかしたら目を覚ました時には、サンタクロースからのプレゼントが届いているかもしれないけれど。