月と竜崎はまいばん、同じベッドでねむる。
竜崎は月の細いからだを背後からだきしめて、腕をまわし手をにぎり、母親にすがりつく子供みたいに月の背中に
はりつくようにして眠っている。
最初は信じられないと思った。月は子供のころから一人で眠っていたし、そもそも得体のしれない男との同衾は、
拷問に近かった。
恐怖と、緊張と、寝着ごしに浸透してくる他人の熱。
純粋なきもち悪さに鳥肌がたち、初日はからだがガチガチに固まってとても睡眠どころではなかった。
二日目にはそれまでの極度のストレスにより溜まった疲れで、逆に気絶するように眠りこけた。
翌朝、めざめた時には真っ青になって、あわてて着衣をしらべたもののどこにも乱れた様子はなく、
ほんとうに竜崎には何もする気がないことがわかって、拍子抜けした。
そんな月のすがたを竜崎は飄々と観察している。
三日目にいたって開きなおり。
好きにすればいいだろうとおもった途端、ふたりで眠るひろいベッドが、思いのほか快適なことに気づいて。
それからなんだか穏やかに眠れるようになってしまった。
いつの間にか竜崎の体温に慣らされていることには、月は気が付いていなかった。
だからいま。
夜、眠れないのは恐怖や緊張のためじゃない。
首筋にかかる竜崎の吐息も、絡まる腕も、にぎられた手のひらも。
あつい。
「私の大切なたいせつな、きれいな花が萎れかかっていますね」
「………暑いんだよ…」
部屋の扉をしめると、ベッドのうえでグッタリしている月にむかって竜崎は声をかけた。
横になったまま起きあがる気配のない様子に、かるくため息をつく。
「大丈夫ですか?まだ陽の国まではひと月以上かかりますよ。これからさらに気温も湿度もあがりますし、今から暑さ負けして
いてはとても持ちませんよ」
「そう言われても…僕は生まれてからずっと、夜の国を出たことがなかったから…環境が変わることくらいはわかっていたけど…
頭で理解していても、身体がついていかないんだ」
力の無い声に眉をよせる。竜崎は伏せている月の顔をのぞきこむ。
白い面には、常にまして色がなかった。熱に赤くなるわけでも汗だくになるわけでもない。
一年の大半が闇にとざされた夜の国の人間は、体質的に汗腺があまり発達していないのだろう。
月が陽の国にいくことが決まった時も、だれもが一番に心配したことが、夜の国と陽の国との、過酷なまでの環境の違いだった
のだ。
指をのばしサラリと前髪をかきあげてやる。
拒絶どころか反応するのも億劫そうで、月はただ苦しげに浅い息をつき、瞳をとじていた。
指先が触れたその陶器のような頬は、むしろ冷えきっている。
みょうに艶めかしかった。
「困りましたね…つらいですか?」
「…ん」
「だいたい月くんは細すぎるんです。前々から思っていましたが、それじゃ体力だってなくて当然でしょう。
毎晩、まちがって柳腰を折ってしまうんじゃないかと私だってヒヤヒヤしています」
具合のわるい時に仕様もないことを言われれば、誰だってイラつくはずだ。
月の眉間がさらに歪んだ。
「…そうだな…いつもオマエが抱きついて寝るから…ここのところ余計に暑くて、夜が眠れないんだ…それもキツイ」
「ひとを邪魔あつかいしないで下さい。これは私のベッドです」
言い放ちながら竜崎の長い指がドレスの紐を解きだしたので、さすがに月が反応した。
「おい…なにをする気だ」
「暑いのですよね?まずはこの締めつける服を脱いだ方がいいです。もっと薄手の生地で作られた楽なものを持ってきますから」
茫然と、器用な手つきで衣を剥ぎとる男の顔をみつめる。
止めたほうが良いのだろうが。頭がクラクラして、ダルい手足はうまく動かない。
すぐにどうでもよくなってまた目を閉じた。
きぬ擦れの音だけが部屋のなかに、耳に響く。
しずかに背中を持ち上げられ、脱がされた。下肢からも衣が抜かれる感触がする。
そういえば竜崎のまえで裸になるのは二回目だったなと、ボンヤリ考えた。
「………なにもしないって、いったはずだ…」
「しませんよ。見てるだけです。我慢できるあいだは」
「オマエたちが陽の国と契約を交わす海賊だったら…僕には手を出さないほうがいい…」
「そんなことを私が気にするとでも思いますか?可愛いひとだ」
間近にある竜崎の視線が、肌をやくのがわかる。
舐めるようなそれは何度もなんども、すみずみまで月の肢体を行き来して、背筋が粟立つのをかんじる。
───あつい。
「本当に…綺麗な花ですね」
フッ、と。
つぶやく言葉とともにパサリとシーツが被せられた。
月はうすく瞼をひらく。
「いつまで我慢できるか…自信がなくなってきました」
目に映るのはブツブツいう竜崎の横顔。いつもどおりのとぼけた表情。
衣をぬいだ素肌に、サラリとしたリネンがここち良い。
「体質なのでしょうが、汗をかかなければ外気の熱が体内にこもって辛くなるばかりです。消化吸収されやすい水分をこれから
たくさん摂るように心がけて下さい。食事に関しても、気をくばるようワタリにも伝えておきますので。それから…」
声がとおくなる。
竜崎の言ったとおり、締めつけられ苦しかった身体がきゅうに楽になって、意識がまどろみはじめた。
幾日かねむれない夜をすごした分、睡魔がやさしく月をおそう。
「あとで代わりのドレスをお持ちしますのでそれを着ていただいて…月くん?」
いつの間にか。
シーツに埋もれ、穏やかに上下している月の華奢な肩に。
竜崎は微かに笑うと、起こさないようにそっと、部屋の扉をあけた。
「まあ貴方はとても順応力が高いみたいですから、たぶん平気でしょう。…私の熱にも、すぐ慣れましたしね」
パタンと閉まる音にかき消されて。
ことばは届くことなく、やすらかに月は眠りつづけた。