強い。
剣を交えてすぐに月は感じた。この男、ただ者じゃない。
鋼のぶつかりあう硬質な音が風に吹かれ船上に響きわたる。周囲の者は皆、打たれたようにふるえ、固唾をのみ、
あるいは腕を組んでふたりの戦いの成り行きを見守っている。
その海賊たちの様子をチラと横目で確かめて、月は確信した。目の前のこの猫背の男。
コイツが長だ。
「よそ見とは余裕ですね」
「!」
キインッと剣先が鳴り、月は返す刃で男の喉元を狙うがあっさりかわされる。余裕なのは男の方で、相変わらず薄く
笑ったままの表情が苛立だしいが、しかしそれは逆に月の思惑どおりでもあった。
月と対峙した相手は、まず間違いなく月の容姿に騙される。細い肢体。白い肌。力仕事など一度も経験したことが無さそうな
手足。見惚れる美貌。大切にたいせつに、守られてきたであろう子供。
たとえ剣を振るうことが出来ても、真の戦場を知っているわけではない。どんなに強がっても所詮は綺麗な人形にすぎない。
そんな男たちの心理は月にとってむしろ好都合だ。侮る心は油断につながり、油断は戦いにおいて死を意味する。
弾かれ、力に押されたように月の身体が後ろによろめく。男がここぞとばかりに突っ込んでくる。
引っかかった。馬鹿なヤツ。
突き立てられそうになった剣を冷静にいなし、泳いだ男の腕を力いっぱい殴りつけた。男の剣が宙に飛んだ。
勝った!───思った瞬間。
天地がひっくり返って、月は何がなんだかわからないまま全身に走った衝撃に息をつめる。
身をすくめた。背中が痛い。腹が痛い。あたまも痛い。男がのしかかり、床に押さえつけられている両手足がいたい。
そらした頸を掠めるように、鈍くひかる短剣。
「油断しましたね」
勝った、と思った一瞬の隙に。男の蹴りが月の腹にきまり、倒れた所をあっという間に押さえ込まれたのだ。
相手を誘ったつもりで、自分が陥れられた。月は爛々と光る目で睨みあげる。
男がまた、笑った。
「大丈夫ですか?手加減できなかったので…ああ、動かないで下さい」
落とした長剣のかわりに突きつけられた短剣に、自ら咽喉をぶつけようとして阻まれる。
とっくに死ぬ気だった。邪魔されるまえに今度こそ舌を噛み切ろうとする。その時、
男が口にした台詞に、月は耳を疑った。
「貴方さえ言うことをきいて下されば、他の乗組員に手は出さないと誓いましょう。
私はあの船の船長です。全員、殺しませんし、傷付けません。略奪も陵辱もせず、手あつく保護することを約束します。
なんなら目的地までお送りしてもいい。もっとも貴方は解放しませんが」
「………」
なにを言っているのか…?本気なのか?とても信じられない。
見開かれた月の瞳がさけぶ。それに、男は愛おしそうにすべらかな頬を撫でると、
「貴方が気に入りました…どちらにしても私のものにしますが、自害など考えずに大人しくして従者の皆さんを助けるか、
それとも逆らって一人残らず殺されるか…お好きな方を選んで下さい」
色をうしなった唇が戦慄き、それをそっと、男の指がなぞった。
咄嗟にめぐらせた視界に、とおく、身体を竦めたミサの姿がうつった。今にも泣きそうな顔をしている。
月を慕って付いてきてくれた少女。彼女だけじゃない。おびえきった様子の、いつも身の回りの世話をしてくれる女官も、血を流し
ている顔見知りの整備士も、気立てのいいコックも、頼りになる穏やかな医師も、みんな、月を見ていた。
皆、みんな。
月のためにこの船に乗り込み、月のせいでこんな目にあっている。月が陽の国に辿り着きさえすれば、笑顔で祖国に帰れるはず
だったひとたち。
ふるえる瞼をふせる。ゆっくり瞳を閉じた。
見知らぬ誰かのモノになるのは苦痛ではない。そのために生きてきたのだから。
でもそれは、国の国民のために、太陽の王の后になることであって、海賊の妾なんかになることじゃなかった。
そんな屈辱は、王の子として育てられた月には耐えられなかった。
けれど。国民のために。皆のために。ここに居るのに。生きてきたのに。ならば、今この船に乗っている月の大切なひとたちを、
守ることも。月に課せられた使命なのだ。自分の意思などは関係なく。
どうしようもない絶望のなかで自分の心に再確認をした。
そのために自分は存在しているのだから。
どんなに惨めでも、どんなにつらくても、
生きなければならない。
ちいさく月の口が動く。指を添えたまま男が耳をよせる。
「…わかった…」
「何がですか?」
堪えきれないように秀麗な眉がより、背けられた顔を男の手が容赦なくひきもどす。
「僕を…好きにすればいい…なんでもオマエの言うことをきく………だから、皆を助けてくれ…」
「結構です」
組み敷いた身体の上で、ひどく満足げに男がうなづく。月の固くつむられた長いまつげが細かく揺れた。
添えられていた男の指がふたたび唇を弄り、歯列を割り、中に侵入しようとする。
驚いて思わず目を開けると、間近の真っ黒な眼球が愉悦の色をうかべている。
なんでも言うことをきくんですよね?
ふるえながら、音がするくらい噛み締めていた歯を開く。無遠慮に二本、骨ばった指が口内に入り込み思うさま蹂躙される。
吐き気がこみ上げたが男の目にうながされるままに、月は舌も這わせてみせた。
飲み下せなかった唾液があふれ、咽喉をつたった。
せりあがるものを必死で耐えた。泣くものかと思った。こんなことで泣いてはいけない。
「可愛いひとですね」
散々いたぶった後でひきぬいた、濡れた自分の指に、
男は丁寧にくちづけた。