ゆるゆると男の掌に素肌を撫でられ、月は息をつめる。
眩しい朝日がさしこむ部屋のなか。ふたりともベッドに横たわった状態で、片方は肩から負傷していて動かせない
から片手だけで、竜崎から施されるそれは、たしかに情欲を含んでいて。
頬を撫でられ、首筋から胸へ、擽るようになめらかな手触りを愉しむように、反応を覗うように。
しだいに下肢へ、そして内股へ───
「駄目」
「焦らさないでください月くん。肌を晒した貴方を目の前にして、そうなんども我慢できるほど私は紳士じゃないんです」
そっと手をつかみ、月はジッとそのまっくろな瞳を覗きこんだ。
「………だって、どうしたって今のオマエはそういうこと出来る状態じゃないだろ?」
「………」
「…まったく、意識がもどった途端にそれか…心配して損した気分だよ。やっぱり竜崎は殺したって死なない男だな」
心底呆れたみたいに言ってすばやく身をおこし、床に落ちている衣を拾いあげる月に、
「…触るだけでもダメですか」
「ダメ!冗談じゃないよ!それより早く怪我を完治させることを考えろ!」
そうしないかぎり指一本、触れさせてやらないからな!

毒矢による傷と高熱とショック症状を克服し、昏睡状態から目覚めた竜崎は。
静かに涙をながす月のヘイゼルの髪をだまって優しく梳きつづけ、やがて泣くことを止め、落ち着いてきた月の顔を
愛おしそうに見つめると、
おもむろに裸の月の肢体を愛撫しだしたので、おもいきり硬直した。
フザけた男の行為に月は取り乱した気まずさも泣いてしまった照れくささも忘れ、目許に残る涙のあとをゴシゴシ拭い
ながら憤慨し、安堵し、ちいさく笑った。
叱られて大人しくなった竜崎も、やつれたかどうかすらわからない相変わらずの隈の酷い目でやさしく笑っていた。

こんなことなら身体を結んでおけばよかった。
冷えていく肉体に必死でしがみつきながらあの時。そんな即物的な考えが浮かんだことに驚いた。
不謹慎かもしれないけれど、こんな事になる位なら。どうして抱かれておかなかったのかと、あとで後悔するくらいなら。
離れるなんて許さない。これからもずっと一緒にいる。
だけど未来への航海図はまっしろであることを、月は失う恐怖とともにまざまざと思い知らされた。
今この瞬間を、時間をたいせつにしなければならない。
だから次に求められたときには全部ゆるしてやろう。ただし、それは怪我が治ってからのはなし。
はやく竜崎と抱きあいたい。

矢傷自体はさほど深くなかったので、縫合の必要もなく暫くすると肩を覆っていた包帯もとれた。
しかし航海中の船のうえは、どうしても衛生面で問題がある。
ふさがってきたとはいえ傷口から黴菌がはいるとマズイと、ワタリに注意されたこともあって、月は竜崎のために
湯をつかう準備をするが、不精な男は見向きもしない。
仕方なく子供みたいにいっしょに浴室まで連れていき、洗うのを手伝ってやる。
絹の海綿。蜂蜜の石鹸。花のオイル。フワフワのシャボン。
せまい空間にたちこめる甘ったるい匂いと、湿気と、熱。
私の裸に感じませんか?
バスタブで蹲っている竜崎にとつぜんきかれて、月は睫を瞬く。
たしか以前にも、それから毒矢の手当てをしていた最中にも目にしていた筈だけれど、そういえばこんなにマジマジと
竜崎の全身を見るのははじめてかもしれない。
細身だけれど鍛えられ、鍛錬され精錬された鋼の肉体。
このからだは竜崎が生きてきた歴史そのもの。
しみじみ触っていたら力いっぱい抱きすくめられる。浴室にたまっていた熱気が月のからだにも、
こころにも。
酩酊するように口づけを受けいれ、竜崎を受けいれた。焦って不器用にドレスを紐解く男がなんだかおかしくて、
いっしょに衣を脱がせあった。
シーツのうえで素肌をあわせた時にきこえた鼓動に、生きている、と安心して。
竜崎から与えられる行為に、はじめて月は、ひとつになるという意味を理解して。
「…っ…竜…崎」
生まれて初めての苦痛と、悦びと、
「───っっ!」
満たされるうれしさ。
好きだ竜崎。
愛してます。
激情の奔流に押し流されバラバラに砕け散り、月は竜崎の腕のなかで意識を失った。

航海の途中、物資調達のために寄港した際には、船から降りて異国見物に出かけた月が人身売買組織に目をつけられ、
浚われるというアクシデントもあったが。
Lとして持ちうる力すべてを使い救出にむかった竜崎と、それから月自身の剣の力で。
無事に危険を脱したあと陽の国への旅路はつづく。
海賊同士の戦闘のときも、浚われたときも。竜崎が「L」として行使した権力には絶大な威力があって、その謎を月は知り
たいとおもったが敢えて問いただす事はしなかった。
竜崎に秘密があるというなら、いずれは竜崎自ら月に話してきかせて欲しい。
その時まで待とう、と。
はじめて関係を結んだ日以降、それまでの飢えを埋めるかのように執拗なほど、竜崎は月のからだを求め続け、
行為に無知な月はあっという間にそれに慣らされていく。
悦びを貪りながら同時に、拘束が、束縛が。つよくなった気がしたけれど。
まるで月が離れていくのを恐がるように。ヒタヒタと近づいてくる別れを、意識するみたいに。
この何物をも怖れない、恐怖を知らない男も、白紙の未来航海図だけはこわいんだ。
月はそうおもった。
大丈夫だよ竜崎。僕らはずっといっしょだ。
竜崎の船のなかで、竜崎の私室でふたりきり。抱き締められてキスをして、愛しあって。
月は大切に守られた籠の中の鳥。ほんとうの自由を与えてくれると約束した男を信頼して、尊敬して、言葉をかわし、
微笑みあって、
それはなんてしあわせなひととき。

窓を開けるとムッと蒸し暑い海風がふきこんでくる。
異国の潮の香り。いちにちの大半が太陽の光に照らされる世界。
夜の国を出発して数十日が経過していた。様々な出来事がありすぎて、もうあの出国するときに見た淡い月明かりと
夜明けのひかりは、とおい昔の気がする。
そうしてここは遠いとおい、べつの国。
月は開け放った窓からしろい波と洋々と広がる蒼い海を眺めて、感慨深くおもう。
そのうしろで竜崎は無表情に、月の背を凝視していた。

航海の終着。陽の国が近づいていた。
別離も、近づいていた。




蛇足的補足説明。
竜崎をオフロにいれたあとの初エチーがオフ番外編2「you are my only shining star.U」になります。
寄港したときに月が浚われて云々がオフ番外編1「you are my only shining star」になります。