真っ青な水平線にぽつりと、氷山のように浮かぶ影。
でも明らかに氷山とはちがいその黒々とした影は自ら、みるみるうちに接近してくる。
明確な略奪と殺戮の意思をもって。
掲げられた帆に描かれた髑髏のマーク。旅船とちがい堅牢に固められた船体。鎌首をもたげた大砲。
船首にはおそらく遺骸だろう、ボロボロになった塊がいくつもぶら下げられている。
なにか動物の鳴き声のような音が高々きこえてきた。襲撃の合図だ。
「ライト、逃げて」
「月様。船底にお隠れください!」
「逃げるのは君だミサ。女性をはやく避難させろ!あとの者は全員、剣を取れ!」
叫んで、甲板へと走る。月のひと声に男たちがいっせいに後に続いた。護衛もなくよるべない旅船に乗り込んだ従者たちは、
みな、それなりの覚悟が出来ている。
戦うしかない。生きて、みんなで陽の国に行かなければ。
目の前にせまった禍々しいかたまり。
ヒュンッと風が鳴って、一本の矢が床につきささった。
次の瞬間、荒波をたて轟音とともに船と船が激突した。

はげしく揺れる船体にかまわず、奇声をあげて次から次へと乗り移ってくる海賊達。
鉈を振り上げ飛びうつり、旅船の床に着地しようとした海賊のひとりは、いきなりバランスを崩して転倒した。
見れば、両足首からさきが無くなっていた。
耳元で空気を切る音がして、さけぶ間もなく今度は首が飛ぶ。
「なんだキサマ!」
「殺されるまえに、殺さなきゃね」
鮮やかに笑って、月は剣を振るう。
男達は圧倒された。
国を国民を守るべき立場の者は、まず自分で自分の身を守れなければならない。月は幼少の頃から剣や護身術を徹底的に
叩きこまれていた。実戦はこれがはじめてだったが、恐怖はまったくなかった。
相手はならず者達だ。月と月の大切な仲間を傷つけようとする悪人ども。
殺してやるよ。オマエたちなんて、生きている価値はまったくない。
悲鳴があがり赤い血が飛び散り、月の美しい微笑を汚す。戦慄したように、海賊達の足が一歩後退する。
「───きゃあああああっ!」
咄嗟にふり返った。視線の先、金髪の少女が屈強な男たちに押さえ込まれている姿に、叫んだ。
「ミサ!!」
呪縛がきれたように海賊達がいっせいに月に襲いかかる。力ずくで潰され、倒れこんだ衝撃に手から剣が弾け飛ぶ。
ころされる。
月は目をつむった。祈る暇もなく、終わる。
だが違った。手首を頭上に捻りあげられる痛みと、ビリビリと衣服を裂かれる感触に目を見開く。
下卑た男たちの顔。荒い息。卑猥な手つき。のぞきこんでくる餓えた獣みたいな目。
───殺された方がマシだ。
両足を掴まれ、めいっぱい開かされる。あいだに男の腰が入ってくる。
下肢におぞましい感触を覚えるまえに月は舌を噛んだ。
ここでプライドを捨てる気はない。陵辱されるくらいなら自ら死を選ぶ。
力いっぱい噛み切ろうとした、
その時。

「ダメですよ。そんなに簡単に死んではいけない」

低い、静かな声とともに、
月を犯そうとしていた男たちの首がいっせいに弾け飛んだ。

なにが起きたんだろう。
血潮を吹き上げ、つぎつぎ倒れる海賊達のまんなかで月は瞳をまたたく。
周囲は戦闘の渦。阿鼻叫喚。そんななかヒソリと、月の目の前に幽鬼のような影がたっていた。
そこだけが空気がちがう。静謐な気迫。
背をまるめ、ふかい隈でふちどられた黒々とした眼を見開いて、男はゆっくり月に近付いてくる。
虹彩のない底なし沼みたいな瞳。
わけがわからないまま、月の背にゾッと悪寒が走った。
考えるより先に身体が動いていた。いきおいをつけ身を捻ると剣をひろい、構える。
男の足がピタリと止まった。口角がゆがむ。
一拍おいて、笑ったんだ、とわかった。
「気が強いですね」
「………」
「そういうの、とても好みですよ」
なにを、とカッと血がのぼる。瞬時に悟る。こいつは敵だ。
間合いをはかり問答無用で切りかかろうとしたその時。
「ライト!」
「───ミサ、無事だったか!」
駆けよってきた少女を抱きしめた。果敢にも血糊の付いた短剣を握り、ニ、三人は倒してきたらしい。
「大丈夫なのか。怪我は?」
「よくわからないけど助けてもらったの。ライト、なんだか様子が変だよ」
「え」
言われて気がつく。なぜか襲ってきた海賊達が逃げ惑い、撤退しはじめている。
「逃げろ!敵だ!にげろーっ!」
「畜生アイツら上玉横取りしやがって!おぼえていやがれっ!」
「船にもどれー!撤退するぞー!!」
蟻の子みたいにいっせいに船に駆けもどり、海賊船はあっという間に逃げ去っていった。まるで魔法のような出来事だった。
………助かった…のか…?
「!」
船の反対側をふり返って、月は息をのんだ。従者たちも全員、口を開いて唖然としている。
月たちの旅船より、逃げた海賊船よりも数倍は大きいだろう。その船は圧倒的な力と存在感と威圧感を誇示して、波の上に
ものものしくそびえ立っていた。
悠然とはためく白い帆にはアルファベットの『L』の文字。髑髏マークこそないが、帰属する国の刻印もどこにもない。
───こいつらも、海賊だ。
月は猫背の男にむけて、剣を構えなおした。片手でミサを下がらせる。
「オマエ達は何者だ?先の海賊たちを追い払って、今度はオマエ達が好き勝手するつもりか?」
「…大人しく言うことをきいて下されば酷いことはしません」
じっと伺うように凝視してくる男に、月は鼻で笑った。
「大人しく略奪と陵辱に耐えろって?大人しく殺されるのを待てって?…バカにするな」
「仕方ありませんね…では」
無表情な男の台詞を合図に。
鞘から抜きさられた男の剣と、月の剣先が、火花を散らした。