「いたずら」
ツルルーポフン!
ンセンセンセ…
ツルルルルーポフン!
ンセンセンセンセ…
「………月くん」
「ん?なに?竜崎」
まさに一心不乱。に。
ンセンセンセンセと頭によじ登ってはツルルルルーと背中を滑り降り、ポフン!と箒尻尾にダイブするという
竜崎すべり台をもうずっとずっとずっと。
何回も何回も何十回も、朝からくりかえし満喫しているらしい仔ネズミ月。
に、これまた何十回目になるか分からない密かなため息をついて、黒猫竜崎は声をかけた。
「楽しいですか?」
「ん!」
キリッとまじめな顔で力強くコクリ!と頷かれてしまっては「そうですか…」以上のセリフはとても言えない。
ガックリと項垂れふたたび遊戯台役として丸くなった竜崎のうえで、月は嬉々として遊び続ける。
本日もうららかな午後の日ざし。
平穏無事な時間を黒猫と仔ネズミはアンティーク椅子のうえで過ごし、優秀な執事のワタリはいつものようにサンルームで
如雨露を片手に、色鮮やかな草花にやさしい雨を降らせている。
竜崎はまた溜息を吐いた。
子供というものは得てして、気に入った動作を際限なく反復する傾向がある。
まだ幼い月が、竜崎すべり台をそれほど楽しんでいるのであれば、それはそれで微笑ましい事なのであるが、
しかし動けないのである。
竜崎はもう一時間以上、同じ場所でおなじ姿勢を強いられていた。
いかんともしがたい苦痛だ。
それでも。名探偵猫は、可愛いかわいいたいせつな友人の仔ネズミのために、辛抱強く忍耐していた。
ツルルルルルルルル───クルンクルンクルン!…ポッフン!!
たまに滑りの勢いをつけ過ぎて跳ね上がり、空中大回転しながら宙に投げ出されそうになるちいさな仔ネズミを、
すばやく尻尾を伸ばしキャッチする。
器用にソッと背中のうえに戻してやると、モフモフと埋もれていた毛の中からピョコンと立ち上がり、
月は鼻からフンッ!と尊大に息を吐いた。
ちょっと、相方である竜崎に似てきた今日この頃…。
僕としたことが失敗したぞ。よしもう一回!
「月くん」
「ん?」
床に落下するかもしれない危機を助けて貰った感謝など、毛の先ほども感じていないらしい
むしろそれが当然だと思っているらしい月に、竜崎はもういちど声をかけた。
「月くんはそんなにすべり台が好きなんですか?」
無心に一生懸命遊ぶすがたは確かに子供らしかったが、月には少しそぐわない気もしていた。
「ん?だって初めてやるからさ。結構面白いよ!」
やっぱりまだまだコドモなんですねえなどと言ったら報復に何処に噛みつかれるか分かったものではない。
慎重にことばを選びながら、
「そうですか。それは良かったです。ところで月くんはいつもどんな遊びをしていたのですか?」
いい加減、下に敷いている腕が痺れてきました…。
なんとか現状打破を試みる竜崎が、すべり台から月の気を逸らそうと懸命にコミュニケーションに努める。
月は小首をかしげた。
「クルクルまわるヤツ」
「は?」
「知らないのか?ホラ、あの回ってもまわっても全然前に進まないヘンなカラカラ」
「…あああ…アレ…」
あの、正式名称ホイールとかいう、ケージに固定されたカラカラ回転する輪のなかで、必死に走る小動物たちが何だか
可哀想というか気の毒というか憐れというか、
とにかく見ていて居た堪れない気分にさせられる残酷遊具…。
いやいやいやそうではなくて。アレは普通そのへんに落ちている物じゃないのではないですか?
首をひねった竜崎の頭のうえで、いつしか月は遠い目になっていた。
そういえば昔は粧祐と取り合いっこして、よく父さんに叱られたな…。
「あとは、夜神さんちが遊んでくれたかな。ごはんの後にケージから出してもらって、たまに散歩とかにも連れて行って貰ったよ。
夜神さんちに遊びにくる黒文鳥のリュークンとも、僕は友達なんだ」
狭いケージのなかの退屈だった月の日常。
穏やかでしあわせに満ち足りた毎日。
月とおなじ薄茶の綺麗な髪と瞳をもつ、優しく、可愛がってくれた飼い主。
「………夜神さん?」
「ん。飼い主はペットに似るって言うけどさ。僕ソックリの器量良しでホント男は器用より器量だリュークン」
「色々間違ってますがそれよりちょっとちょっとちょっと!待ってください月くん!
貴方───どこか別の家のペットだったんですか?」
「当たり前じゃないか竜崎!この僕が野良の訳ないだろう!由緒正しきこの僕をそのへんの雑魚と一緒にするなよ!」
ははは!と頭頂部でふんぞり返って笑っているらしい月。
これは初耳だった。ウッカリしていた…と竜崎は無い眉をしかめた。
二人(匹)で過ごすようになってから少し経つが、そういえば月自身の話はこれまであまり聞いてこなかったのだ。
道に迷ってこの館に辿りついたとまではリサーチしていたが、まさか。
まさか正真正銘の迷子だったとは。
「その由緒正しい夜神(さんちの)月くんがどうしてまた迷子などに?」
相変わらずツルルルルーとやっている月はまだまだ竜崎すべり台にご執心の様子で、
当初の目論見は失敗したが今度はべつの意味で真剣になりながら、竜崎は現在に至る月の話をすべて聞き出した。
「そうだったんですか…それは大変でしたね。月くん、おうちに帰りたくはありませんか?」
「…」
ピタリと月の動きが止まった。フリフリ揺れていた細長いしっぽが停止した。
「んんん!そうでもないさ竜崎!僕はこのままで良いや!だって楽しいしねははは!」
もし帰りたいと望んでも。
今更どうしようもないのが現状である。
夜神さんち一家がどこに行ってしまったのか、皆目見当もつかないし、
月はもう戻れない。家族のもとには、あの優しい日常には、二度と。
それを悔やんだって仕方ないではないか。
「ずっとケージの中だけに居たら、こんな遊びは出来なかったしさ。
毎日コンソメチーズも食べられるし、ワタリさんは優しいし、竜崎は面白いし、館は広いし、今まで知らなかったモノが
たくさん見られるし、
僕は自分が不幸だなんて思ったことは一度もないよ!」
月はちいさな仔ネズミだったが、こころは常にポジティブな強い仔ネズミでもあったのだ。
いつも良い子でいたあの退屈な世界より、多少の不便や危険はあっても、自由に駆け回ることのできる新しい世界を選ぶ。
そして僕は新世界のペットとなる!
ははは!と笑ったついでにアーン…と口を大きく開けて
噛み!
カミカミカミカミ………
「月くん…まあソコはいいですけど、前みたいにアソコは噛まないで下さいねくれぐれも」
「ん!」
頭頂部をハムハムされて、隈つきの半眼を据えたまま竜崎は考えこんだ。
月の噛みつき癖は子供には付き物だし、だいたい月は齧りたがりの仔ネズミなのだし、
けして本気では噛んでいないのがその証拠。
もしホンキだったら流石の竜崎も大変な事になっている。それこそ流血沙汰の大惨事だ。
(とくに例のアソコが)
仔ネズミ月は子供特有の甘噛みをしているのであって、けれどもしかしたらその行動理由は───
竜崎は両眼を細めた。
考えて、推理しているうちに気づいたら、背中から月の気配が消えていた。
やっとやっやっと。竜崎すべり台に飽きてくれたらしい。
やれやれドッコイショと起きあがり、さてあの子供は何処に消えたでしょうとサンルームまで探してみて、
黒猫は青褪めた。
またしても。
月は背伸びをしながらカシカシカシカシと一生懸命、またしても無心に何かを齧っている。
その対象物をみてフウッ…と竜崎は気が遠くなった。
殺される………と思った。
ハッと我に返った。気を失っている場合ではない私!
「ラララ月くん!齧っちゃダメです!それは………!!」
あの優秀な執事が。時間をかけて、丹精こめて、愛情注いで。
とても趣味の範囲では片付けられない、主が留守のあいだに仕事をサボってまでも、育てあげた大輪の白薔薇。
「それはワタリの花です!折ったりしたら、もれなく抹殺されます月くん!!」
ん?ワタリさん?
と長い茎を歯で咥えたまま小首を傾げた月に、可憐な白薔薇もミシリ…と頭をかしげた。
ポキ。
折 れ た 。
「あ」
薄皮いちまいで繋がったまま、茎の途中からダランとぶら下がった無残な薔薇の花に、今更ながら月が自分の仕出かした
事態に気づいたらしい。
ウロウロオロオロキョトキョトと視線を彷徨わせ、それからジーッと竜崎を見つめた。
ジイイイ───ッ!!
「………わかりました」
そんなつぶらな瞳で訴えられて、誰が無視できようか。いや出来まい。反語。
悲痛な面持ちで竜崎はペタペタ歩いていくと、垂れた薔薇の花を毟りとって口に咥え、さっそく証拠隠滅に取りかかる。
その後ろをチョロチョロと月も付いて歩く。
仔ネズミ月は。この子供は。
今まで知らなかった未知の世界に興奮し、喜び、体験し、学習している真っ最中なのだから。
いたずらは子供の特権だ。そうして物事を学んでいく大切な過程。
多少のオイタには目を瞑らなければならないのだ。
しかし問題は。
どう考えたってこの薔薇の件は誤魔化しきれっこない、
あのミスター・パーフェクトダンディー・ワタリの反応…。
───やっぱりケーキ抜きは避けられないでしょうか…半分くらいに減らされるでしょうか…
いえそれは甘いです相手はあのワタリです。下手したら餓死するまで知らん顔されるかもしれませんね…
いや原因の半分以上が月くんにあると分かったら、少しは情状酌量の余地も残されるでしょうか…
どうでしょうか月くんどう思いますか…仕方ありませんがやっぱりあんまりイタズラしないで下さいね…
ホント…命に関りますから…───
悄然と先をいく黒猫の箒尻尾をジーッと見つめていた仔ネズミは、不意にピョコンッ!と飛び跳ねると
ガブリ!
痛みに硬直した黒猫の背をトテテテテテッと駆け上がり、頭上に座ると、満足気に鼻を鳴らした。
親のこころ子知らず。
その後。
やっぱりケーキ抜きは避けられなかった(しかも情状酌量の余地なし)竜崎は、専用ランチョンマットの上で不貞腐れながら、
こちらはいつもどおり丸々コンソメチーズをモグモグと頬張っている月を眺めながら。
名探偵猫の、頭脳データにあらたに書き加えられた懸案事項。
迷子の仔ネズミの、これからの処遇について。
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