「いただきます。」

サンルームでみつけた初老の男は、いつでもキチンとしたスーツを身につけ、いまは如雨露を片手に
観葉植物に恵みの雨を降らせていた。
フと。ふりむいた。気配で察したのだろう。
竜崎はふだんあまり鳴かない猫である。けれど彼は、竜崎の無言の呼びかけに応えそこなったことは殆どない。
さすがですワタリ。さすがは私の優秀な執事です。
フン!と尊大に竜崎は鼻を鳴らした。
薄く開いたドアの隙間からこちらの様子をうかがっている、頭のうえにちいさな茶色いしっぽつきの毛玉をのせた
黒猫を認めたワタリは、やさしく微笑んだ。
「おや。お昼寝からお目覚めですか竜崎。ではごはんに致しましょうね」
ちなみにワタリはたしかに優秀な執事である。
仕事で、長期にわたり屋敷を留守にしがちな主人が可愛がっているペットの黒猫にも、礼節というものを欠かさない
稀有な人間である。
竜崎に「私の執事」呼ばわりされても「ほっほっほっ」と笑い飛ばせる豪胆な人物である。
でも大好きな餌のケーキはいつもの半分以下に減らされていて、
竜崎は無言で反省した。
やっぱりバレましたか…いえワタリの目を誤魔化せるとは私も思っていませんでしたが…
ハイ貴方が大切にしていた薔薇の茎を折ったのは私です…
いえ正確には月くんが齧ったんですけどね…怒られるとおもって証拠隠滅したのがかえってマズかったようです…
ところでいつまでこのお仕置きは続くのでしょうか…
………ごめんなさいワタリ…私が悪かったです…もうしませんからケーキください………
ペットというものは大体、餌をくれる人間には頭があがらない。
「月さまはチーズでよろしいですか?」
ダイニングテーブルの、専用のランチョンマットのうえで哀しげにため息をつき項垂れた竜崎の頭のうえから、
トトトッとかけおりた仔ネズミ月にもワタリは優しく問いかけた。
ある日とつぜん竜崎が咥えてきた、この小さなちいさないきものは当然、本来この屋敷のペットではない。
でもやはり穏やかにワタリは月を迎えいれた。
綺麗な茶色の毛並みの愛くるしい仔ネズミは、それからいつでも黒猫と一緒で、ワンセットで行動を共にしている。
実はてっきり、非常食として捕らえてきたのだと思っていたのに…。
そうワタリがコッソリ首を捻ったことは、ふたりにはナイショだ。
月はクリクリした瞳をキラキラと輝かせている。目は口ほどにモノを言う。
コンソメチーズコンソメチーズコンソメチーズコンソメチーズ!
「申し訳ありません…コンソメ味はただいま切らしておりまして…普通の味のチーズしかご用意できないのですが…」
ヘタリ…と月の長い尻尾が力を失った。
フニャ…とちいさな耳がヘタれた。
目を見開いたまま、ピルピルと震える小動物を前にしてワタリは居た堪れない気持ちになる。
べつに竜崎へのお仕置きと違って、本当に無いものはないのだ。無い袖は振れないのだ。
なのにどうしてそんな…つぶらな瞳で私を責めないで下さいませ月さま…!
「あ。そういえば」
フと考えついて踵を返す。冷蔵庫の中から月の好みのプロセスチーズと、戸棚の奥からコンソメポテチを取りだした。
コンソメポテチは 僕 の だ。
月しか食べない。この屋敷のなかでは。
ハッ!と驚愕した月の目の前でワタリはチーズを細かく刻み、別の袋にポテチを数枚入れ、
日ごろの鬱憤を叩きつけるが如く粉々に叩き砕いた。
一瞬。垣間みせたワタリの般若の表情を、竜崎はソッと見なかったことにした…。
チーズにポテチをまぜて、手作りコンソメチーズ完成!
「さ。どうぞ月さま」
月は今度は感激にフルフル震え、さしだされたコンソメチーズとワタリの仏の表情を交互に見やる。
ウルウルと澄んだ瞳は濡れていた。
…ありがとうワタリさん…だいすき…
「私も月さまが大好きで御座いますよ」
微笑みあうふたりを竜崎は無言で眺めている。
…アレ…この家のペットって…誰でしたっけ…
…てゆうか私のケーキは半分以下なのに…どういうことでしょうワタリ…
ワタリがこちらを向いたので素早く視線をそらした。
ペットというものは大体、餌をくれる人間には頭があがらない。
ダイニングテーブルの、やはり専用のランチョンマットをひいて貰ったうえで、月は嬉々として竜崎のことばを待っている。
とてもとても嬉しそうに長い尻尾はフリフリと、チーズの匂いが気になるのかソワソワと。
かわいい。
だから竜崎も機嫌をなおして、不貞腐れていた居ずまいを正して、
ふたりは一緒に同時に声をそろえた。
いただきます。

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