あの男が預言者なら、僕はここで死なない。
あの男が嘘つきならば。


『預言者』


「好きですよ、月くん」
その男が息を潜め、耳元で囁く度に、いつも月は笑った。
体を求められたのは何の冗談かと思ったが、竜崎は何の躊躇いもなく、月への愛の言葉を吐いた。
月をキラだと告げるその口で。
知らぬうちに、体はひどく男に慣らされている。肉の入り口を強く、弱くこすられる度に、抗いがたい悦楽と同時に、男に対する殺意が沸く。
それでも体を開いてやるのは、竜崎への憐憫ではなく、優越だ。未来にいなくなる存在の過去など、なかったも同然だから。
「僕を好きだという癖に、竜崎は僕をキラだと言う」
「そうですよ」
ソファの上を滑った白いつま先がフローリングに触れる。月の太腿をたどり、竜崎の残滓がゆっくりと床へ流れ落ちた。
「あなたがキラであって欲しい私と、そうでない私がいる」
覆いかぶさる男は殆ど肌を露出していない。対して月は裸体だ。背中に手を回すのも馬鹿らしく、ただ重力に任せて体を傾がせる。
霧がかる視線をさまよわせると、天井の近くにレムが浮いていた。月は笑みを深くする。竜崎は気づいているのかいないのか。
足を掲げられ、なおも深く潜られる。
竜崎の行為はあまりに淡々としていて、言葉の通り月を愛しているのか、それとも何かの手段として抱いているのかわからない。
「自分の推理が間違っているのを認めるのが嫌だから?それとも言葉の通り、僕を愛しているからとでも?」
「いいえ」
言葉を途切れさせ、竜崎は月を覗き込んだ。深い闇夜を思わせる漆黒の瞳に月が映る。
「私はあなたが好きですから、キラという殺人犯であって欲しくないと思っている。それは人間として当然の心理でしょう」
月は竜崎の肩越しにレムを見た。彼女は表情をひとつ変えず、ただ見下ろしてくるばかりだ。
これがリュークであったのなら、どれだけ揶揄されることだろうか。
少し腰を引くと、緩く引き出され、奥へと押し込まれる。息苦しさに固く目を瞑る。
「けれどあなたがキラであるならば、私は公然とあなたを捕まえ、いつまでも監禁をすることができる」
「歪んでるな。僕は君を愛していない。それは身勝手だ」
冷笑した月の頬を、竜崎の長い指が包み込む。
「あなたがキラでないならば、私は君に自由を与えなければいけない」
「当然だろう」
手と、足と、末端の部分が徐々に冷えていくように感じた。あまりも滑稽すぎる。
世界が震撼する探偵の一人が、くだらない欲望の前にひれ伏すなど。
体を貫く肉の塊が脈打つ。支配される感覚に急に吐き気を催して、月は反射的に体を捩った。逃げを打った腰骨を捕まれ、小刻みに
突き上げられる。
「逃げても」
下半身が震えた。ここまで絶望的なほど精神と肉体が乖離したのは初めてだった。脊髄から脳みそへ襲い来る感覚を殺そうと、
きつく唇をかみ締める。
「月くんの好きな場所は全て覚えています」
鉄錆の味は不快さを促進させる。
何も知らなかった自分は何故、抵抗もせずに容易に体を明け渡したのか。
何故、完全にこの男に馴染まされているのか。
月は、引き裂く程強く、ソファの表面に爪を立てた。獣の体位で貫かれながら、表皮に体液を撒く屈辱。
「君が言うように、例えば僕がキラだったとしたら」
明日、必ず殺してやろうと思った。
「僕に殺されたとしても幸せだろう…?」
「あるいは」
内面すら暴こうとするかの強さで、竜崎は月の奥を抉った。自身ですら知らぬ体の深いところで、生命の証を受け取る行為は
ばかばかしい以外の何物でもなかった。どんなに無様だろうとも、穴から男の残滓を全て吐き出したい衝動を、理性で抑えた。
「あなたがキラだったとして、そして私があなたに殺される日が来るとすれば」
紅色に染まった唇で、男の口付けを受ける。これが最後の慈悲だ。
「あなたは最期の瞬間に、必ず私を思い出さないでしょうから、それは私にとって、幸せと言えるのか」
「僕に死ぬほど憎まれても、その方がいいって?」
「ええ」
竜崎の声はひどく静かだった。自らの死を前にした殉教者のごとく。
「そんな推理しかできないほど、僕のことが好きだなんて。随分可哀想な奴だな」
「いいえ、推理ではありませんよ」
月の体から、ゆっくりと竜崎の一部が抜き取られていく。糸を引きながら、離れていく。
「これは、予言ですから」
決して解けない呪いのように、竜崎は言った。


強烈な腹部の痛みと共に一瞬だけよぎった記憶に、月は甲高く笑った。
あの男は、うそつきだ。



presented by 横山久乃 様 (reasonkiller)