その冬いちばん最初に降った雪を手にしたひとは、どんな願いでも叶えられるんだって。
昔、粧裕がそんな他愛もないことを言っていた。そのとき僕はへえ、と笑っただけだった。
空を見あげる。
久しぶりに帰ってきた日本の雑踏。覆いかぶさるビルの合間を縫うように、狭くひろがる昏い夜空からヒラリ…と
なにかが落ちてきた。
一瞬、塵か灰かとおもった。それはヒラ…ヒラ…と、よくよく目を凝らさなければ分からないくらいささやかに静かに、
急ぎ足で道往く人々のうえにひっそりと舞い降りる。
ああ。初雪か。
どうりで今日は底冷えするはずだ。そう思いながら上向いて立ち止まったままの僕を、邪魔くさそうにサラリーマン風の男が
避けていく。
誰も気づいていないみたいだった。
もしこの降雪に誰も気がついていないなら、最初に降ったそれを手にしたのは僕ということで良いんだろうか、粧裕。
今は遠く、傍らにはいない妹に問いかけてみる。
ねえ。もしお兄ちゃんだったら何を叶えてもらう?
僕が叶えてほしい願い?
僕の願いは新世界の創世。でもそれは自分自身の力でそう遠くない未来、かならず成し遂げてみせること。
そもそも新世界の神になろうという人間が、願い事をするのもおかしな話だ。
薄く笑った。
じゃあもし本当に神様にしか叶えられないことなら。なにを願う?
そうだな。一日も早く粧裕が元気になること。離ればなれになってしまった家族が、また一緒に暮らせるようになること。
父の笑顔を、もう一度だけ見ること。
掲げた掌に、幻のようにヒラリとひとひら。
───月くん。
ギュッと握りしめた。それから開いたそこには、なにも残っていなかった。
そういえばアイツとは一度も雪を見たことは無かったっけ。
───月くん。
だけど、僕は。
ふたたび大股で歩きだした。下らない道草で時間を無駄にしている暇はないんだ。いまは一刻を争う大事なとき。
振り返らずに前へ、前へ。
ヒラヒラ…ヒラヒラヒラヒラと本格的に雪が舞いはじめ、忙しなかった人々も足を止め空を仰ぐ。
そのなかを僕はまっすぐに歩き続ける。
それでいい。後からあとから積もる雪は、いちばん最初に降った雪も、それに込められた願いも。
すべて包み隠してしまうだろう。
まっしろに光り輝く世界の果てで、叶えられない願いなんて。深くふかく、永遠に、凍えてしまうといい。
───月くん。
この想いごと永遠に。
───………
ほらもうオマエの声も聞こえない。
しんしんと白く冷たく閉ざされていく闇の路を、僕は唯ひたすらに、進みつづける。