「夜神くん起きてください。朝です起きてください」
ユサユサと、今朝も両肩を揺さぶられての不愉快な目覚めで、いちにちが始まる。
朝6時。
遮光カーテンを開けば真夏のいまの時期は、もうあかるい朝日がサッと部屋中をましろに染めて、
その眩しさに月は眉をしかめる。
月が覚醒するのを待ちきれないとばかり、竜崎がペタンとベッドからおりる。
ジャラリ…と手錠の鎖にひかれて、月も仕方なしにゴソゴソ起き上がる。
「おはよう」の挨拶ひとつなく活動を開始したふたりは、必要最低限のことしか話さない関係。
探偵と、繋がれた、容疑者。
「…まったく…竜崎は朝からフル稼働だな…」
呟くように月が言ったセリフは、ほんとうに呟きだったのだろう。
月は完璧主義者でプライドが高く、ひとに弱みを見せるのを極端に嫌うタイプだ。極度の負けず嫌い。
ほんとうは竜崎にだって無防備な寝顔なんて見せたくないけれど、監禁されている間も、手錠で24時間四六時中
監視されている間も、それは致し方のないことで。
そして月の朝の弱みは、寝起きが悪いことだった。ほんの少しだけ低血圧なのかもしれない。
たいがい毎朝竜崎に無神経に叩き起こされて、それは結構ムカツクこと。
どうしても制御できない起床時の不機嫌さに、たまに嫌味をこぼしてみたくなる。
「起き抜けからオマエのペースに合わせなきゃならないのは、キツイよ」
「私は夜神くんに合わせて、おかげ様で規則正しい生活リズムを手に入れました」
「ああそう。それは人として良かったんじゃないかな。
僕は竜崎のリズムに合わせて生活するなんて、とてもムリだからね」
竜崎は、生体リズムというモノを持たない生きものだ。
食べたい時にしか食事を摂らない。眠りたい時に眠るので、深夜になっても寝ようとしない。
最初は我慢して付き合っていた月は、すぐフラフラになった。ギブアップした。
それ以降はだいたい月のペースで日常を営む暗黙のルールができている。それを月は当然だとおもっている。
「竜崎はいつだってフルなんだな。ヘコむ時とか無いんだろうな」
これも独り言だったが、
「そんなことないですよ。現に私いま、落ち込んでるじゃないですか」
意外にマトモな答えが返ってきて、月はビックリした。
月と竜崎が、探偵と、繋がれた容疑者の冷たい関係であるのは、ひとえに竜崎の責任によるところが大きいからだ。
手錠生活を始めてから、月がなにを話しかけても、少しは信頼関係を築こうと努力してみても、
すべて竜崎に無視され、返事はなく、言葉は翻されたからだ。
いまの夜神くんには興味ありません。
そうだ。いまの竜崎はハッキリいってヤル気が皆無。キラ捜査への熱意も皆無。
竜崎がなにを考えているのか、月にはサッパリわからない。
だったらせめて無駄に宵っ張りや早起きをせず大人しく寝ていてくれないか。と月は思った。
コッチは連日の根を詰めた捜査で、疲れきっているのに。
思いついた事をポロリと口にした。
「もしかして竜崎って不眠症?」
だいぶん脳味噌が稼動しはじめて、今のはマズかったかと、月の持ち前の気づかいが頭を擡げたが、
ジロリと隈つきの虹彩のない鮫みたいな双眸に睨まれて、知るもんかと気を取り直した。
クローゼットから服を取りだし着替えながら、
「昔からの習慣なのかもしれないけど、気を失うまで起きてるっていうのは病的だよ」
身体があるいは脳が限界を訴えるまで起きていて、プツリと糸が切れたみたいに昏睡し、
必要最小限の睡眠をとった瞬間に覚醒する、竜崎。
まるで眠りの暗闇を恐れるこどものように。
「不眠症ということはありませんが」
袖を通すためにカチッと手錠が外される。
一瞬、自由になった手首は、あっという間にふたたび拘束される。
今日はやけによく喋るんだなあと月は不思議におもった。
「いちど深く寝入ってしまうと、永遠に起きられない気がするんですよ」
堕ちていくような。何処までも、どこまでも。昏いくらい深淵に沈む。
竜崎はヘンなコトを言うなあと月はおもった。
「月くんはいたって健康な、規則正しい睡眠リズムですね」
「ん。まあね。寝起きはちょっと悪いけど、子供の頃からの習慣だからね。もうすっかり身についているよ」
だから竜崎の無茶なペースに合わせて、体調をくずした月。
躾と習慣。きちんとした両親と家庭。月のもつ自律と、日常と、幸福。
いまの月には竜崎の言うことはわからない。竜崎のきもちはわからない。
だから会話も成り立たない。
目覚めたときの現実を、直視したくないほどの辛さを味わったことのない、裕福な子供。
いやちがう。
「監禁されていたときも規則正しかったですね」
「アレは、僕自身の時間の感覚は無くなっていたけれど、竜崎がまいにち起こしてくれてたじゃないか」
「それでも、一般的にあんな辛い状況では、起こされても目覚めたくないと考えるのが普通の人間です。
夜神くんは声をかければちゃんと起きてました」
「ははは。じゃあ僕は普通じゃないんだ」
「大量殺人犯として疑われ監禁されていた人間の態度としては」
「ああそう」
月から怒りの波長をかんじる。朝から相応しくない会話だとは思いながら、
久しぶりにピントがあった感覚に竜崎は嬉しくおもった。
彼は、夜神 月は、キラは。
現実から目を背けられない人間だから。
どんなに厳しい局面でも目をそらさず、逃げず、立ち向かう。
そのあまりにも健やかでまっすぐで強靭な精神と肉体こそが、彼をキラたらしめる。
キラは夜神 月であると同時に
夜神 月しかキラでありえない。
「もういいよ。朝から竜崎の嫌味につきあえるほど僕は強くない」
ため息と一緒に、ポツンと吐き出した月にむかって竜崎は告げた。
「貴方は強いひとです」
「…なんだよソレ」
「夜神くんが羨ましいです」
「………ありがとう」
目を閉じて、思考に蓋をして、トロリと蕩ける闇に優しく絡めとられれば、二度と現実の汚濁を見ずにすむ。
竜崎ですらそんな「眠り」を強く恐怖し、無意識に回避する。
なのに月は違うのだ。何度でも瞼をあげて、鋭く輝く瞳で世界の果てを見つめ続けるのだ。
そんな月とふたり、こうしていつまでも繋がっていれば。もしかしたら、ほんのすこしでも、
自分も強くなれるのかもしれない。
やさしい態度や穏やかな会話。ぬるい時間。鮮やかな朝のひとこま。
すこやかにまっすぐにきよくただしいそんな彼との関係こそが
二度と戻れなくなる真っ暗闇への堕落だ。と。竜崎は知っているのに。